特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<34>富士大学
自治体、高校とシームレスな人材育成
学長自らが発信するトップセールス
花巻市は、岩手県のほぼ中央に位置し、東には北上高地、西に奥羽山脈が連なる。江戸時代には南部氏が統治し、軍事上の重要な拠点、穀倉地帯として栄えた。世界的に著名な宮沢賢治の出生の地としても知られる。イーハトーブ、花巻温泉郷などを訪れる外国人観光客は、順調に増加している。富士大学は、その花巻市にあって経済学部のみを設置する県南地域唯一の大学である。ここ20年は特にスポーツ振興に力を入れている。地域連携について、岡田秀二学長、井手俊一事務局長、高橋直樹地域連携推進センター事務長に聞いた。
●インテリジェンス・スポーツ
開学以来、地域貢献活動を行ってきた。1984年から続く「花巻市民セミナー」、1986年から続く「北上市民セミナー」はともに30回を超える。大学の特徴であるスポーツ分野でも、地域への室内300mトラック等を有する体育館など施設の貸し出しはもちろん、大学OB/OGであるプロスポーツ選手を招いての地域スポーツ教室開催は親子連れからの評価が高い。地元花巻市とは2009年に相互友好協力協定を締結して、スポーツ振興や宮沢賢治をテーマとしたまちづくりで協力をしている。
2001年度からは、宮沢賢治にちなみ、「賢治のまちから~全国高校生童話大賞」を開催している。「毎年全国から1000通を超える応募があります。はじめは岩手県花巻市にある大学として知名度アップのために始まりました。花巻市、花巻市教育委員会の協力を得て実行委員会を結成し、節目の第10回からは、花巻市の実質的な協力とNHK盛岡放送局の共催も頂き、現在まで継続してきました」と井手事務局長は振り返る。作品集が高校の教材として利用されたり、童話作家になった受賞者がいたりと、県内外で高い評価を得ている。
2012年度に「地域社会への貢献」を大学のミッションに掲げ中期目標・中期計画にも盛り込み、2013年度には教学と事務組織にまたがる地域連携推進センターを発足させた。東日本大震災後には、「福祉・ボランティア研究センター」を中心に復興支援ボランティア体制を設け、教職員・学生は甚大な被害があった釜石や大槌、陸前高田等の沿岸被災地で復旧・復興活動を行った。
しかし、と岡田学長。「私が学長に就任した2015年時点では、こうした取り組みは学外に伝わっていませんでした。そこで『地域に貢献する大学』を改めて明確に打ち出し、本学の存在を広く知ってもらおうと考えました。大学は、地域を形成する一員として、地域の課題を引き受ける自覚が必要なのです」。
岡田学長は続ける。「地域の大学は、「知」(知識・情報)と「地」(自然・文化)と「治」(調整・プラットフォーム形成)、3つの「ち」の拠点です。大学は敷居が高いと言われますが、むしろ、教職員が地域に出て行かなければなりません。地域の人たちと同じ目線で一緒に汗をかく。そうして初めて地域の一員になれます」。
岡田学長は学内の様々な取り組みを、①地域連携推進センター、②地域経済文化研究所、③スポーツ振興アカデミー、④福祉・ボランティア研究センター、⑤教育・研究大学間連携、⑥異文化交流センターの六領域に整理した。これらを花びらに例え、相互に関連しながら、大学がグローバル社会と地域社会に貢献する一輪の花をモチーフにした図を提示した。「これまでの取り組みを変えるのではありません。取り組みの位置づけと意義を再定義したのです」と岡田学長は力を込める。
特に大学スポーツでは「インテリジェンス・スポーツ」というコンセプトを打ち出した。これは単なる競技に留まらず、将来、社会のリーダーとなる人材を育成するための「知性」と「スポーツ」の両立を言う。具体的には、スポーツに関する調査・研究、アスリートのキャリア支援、地域貢献・地域振興を行う。この実行組織が、「スポーツ振興アカデミー」である。「部活動と教学との責任関係を明確としました。大学生にとってスポーツは、勝敗の結果以上に、自らと向き合い人生を充実させ自己陶冶する手段だと考えています。野球やサッカーなどの子ども教室でも人間形成を重視しています」と高橋事務長。この概念は、現在政府で推進している日本版NCAAと軌を一にしている。
●中山間地域との協定
岡田学長は、岩手県下の市町村との包括協定を積極的に進めている。岡田学長の専門分野は森林政策学、山村経済論で、前職の岩手大学教授時代にも中山間地域の自治体に政策提言等を行っていた。「しかし、あくまで森林政策の専門家の立場でした。本学に赴任して学長として首長と話すとき、今度は大学組織の長として、経済や政策を包括的に議論できる立場となりました」。すでに自治体関係者とは信頼関係が構築されているので、学長として訪問しても耳を傾けてくれる。時には、自治体の側から申請可能な受託研究の紹介もしてくれる。包括協定は、JR東北本線や新幹線沿線の比較的大きな自治体より、中山間地域の町村と優先的に結ぶ。「特に中山間地域に豊富にある森林は、地球温暖化防止や林業という側面から価値が向上しています。森林の新しい価値を地域の人に知ってもらい、役立てていきたい」。自治体側も進行する高齢化に効果的な打ち手がないため、森林の活用に詳しい岡田学長には期待している。
こうして、徐々に大学が動き始めた。3つの取り組みを紹介しよう。
1つ目が、自治体・高等学校と大学が共同して人材育成を行う「地域定住人材育成プログラム」である。まず自治体、その地域の高等学校と大学が連携協定を結ぶ。ここの高校生がプログラムに採択されると自治体から奨学金が受けられる。在学中は地域関係科目を履修しつつ、当該自治体をフィールドに課題を見つけ、その解決方法の提言を卒業論文として作成する。卒業後は、自治体や商工会議所、銀行、公社、JA等に就職する。つまり、高校、大学、就職先としての自治体が、人材育成でシームレスに連携している。
岩泉町と岩泉高等学校はこのプログラムの趣旨に賛同し、2017年には奨学金を拠出する条例を改正した。そのほかにも西和賀町、西和賀高等学校とも協定が結ばれている。
「このプログラムに興味を持つ高校生は増えており、「こういう教育を待ってました!」という反応です。協定を結んでいない地域の在学生からも、参加したいという声が上がっています」と井手局長は胸を張る。富士大学をハブとして、近隣自治体、近隣高等学校と地域課題解決人材の育成の仕組みができつつある。
2つ目が、2016年度から開講している「地域創生論」である。これは市民に公開しているオムニバス科目であり、県知事・県庁職員、花巻市長、遠野市長、西和賀町長はじめ岩手県下の首長、活躍する地元企業等が講師を務め、地域の課題、逆に地域から世界に発信している取り組みを紹介するもの。県の活性に向けたキーパーソンを大学に集めることで、文字通り、大学は地域のプラットフォームとなっている。
3つ目が、岩手県立遠野高等学校との連携である。遠野高等学校の総合学習「新しい『遠野物語』を創るプロジェクト」に参加し、そのプロジェクトにおける協定締結を行った。サッカーが盛んな遠野市は、2020年東京パラリンピックにおけるブラインドサッカー競技の合宿地のブラジル招致が試みられている。「遠野高等学校の高校生が、大学と共に競技のマネジメントや選手のおもてなしを体験し学習に結びつけるプロジェクトを立案しました」と高橋事務長は解説する。大学と高校による高大連携のスポーツプロジェクトが発足したのである。
学内では「イーハトーブ・キャリアプラン」として、学生のキャリア形成や資格取得に結びつくプログラムが行われていた。「これからは、地域のことを本気で考え地域の未来を担える人材も育成していきます」と井手事務局長は意欲を語る。
こうした取り組みを通して、地域側の大学に対する見方が変わってきた。「花南地区のコミュニティ会議に出たときのことです。会議メンバーの方に、「学生が騒がしいなどの苦情はあるけれど、やっぱり学生の存在は地域にとって重要ですね。問題がある部分も含めて受け入れていきたい」と言われました」と高橋事務長は振り返る。
●学長のリーダーシップと発信力
富士大学の地域連携の取り組みから得られる知見は3つある。
1つは、岡田学長のリーダーシップである。これまでの取り組みを否定するのではなく、枠組みを変える、あるいは大きな視座から捉え直す。そうすると関係性や共通点が見えてくる。これらを大学の組織的な取り組みへと昇華させ、学内をまとめていく。
2つは、岡田学長の発信力である。具体的には、「トップセールス」と「巻き込む力」である。学長自ら先頭に立って近隣自治体を回り、「富士大学は変わります。新しい大学の方針はこうです。こういうことが学べます」と発信する。更に、地域創生論をはじめセミナーなどの場で地域内外のキーパーソンを講師として呼ぶことで巻き込んでいく。「学長は、自ら県内の半数以上の高校を訪問しています」と井手事務局長は笑う。岡田学長が行動で示す通り、昨今の学長の重要な役割はトップセールスである。
3つは、チーム力である。岡田学長、井手事務局長、高橋事務長を中心とした教職協働のチームが出来上がっている。プロジェクトチームを作り、一丸となって動くことで、取り組みは確実に教職員・学生、そして、地域の人々に浸透する。地域の会合には井手事務局長や高橋事務長が参加して地道に人脈を広げる。「特に「地域の良さ」は教員の専門的知見よりも、長年地元に住んでいる職員の方が詳しいことが多い。昔は近所の人が教えていた地域の素晴らしさや気づかない価値を、井手局長や高橋事務長が学生に伝えています」と岡田学長。
その根底にある思いは危機感だと言う。「地域の衰退のみならず、日本では色々とおかしな事件が起きていると感じています」。それは地域から変えていけるのではないか、という強い想いに突き動かされて取り組んでいる。
●新しい経済学
地域の振興とは何か。岡田学長はこう説明する。「自治体は、公的資金を建物等に投入するだけではなく、新しい産業振興に使い、地域内部で経済を循環させないといけません。自治体関係者には、「地域の資源を活用して付加価値を付けましょう」と呼びかけています。それには、住民の意欲のある人と連携できるかが重要です」。岩手県は、岐阜・高知と共に、森林県だそうだ。その特徴を強みに変え、地域を振興する。
今回の取材時に、岡田学長が執筆した地域再生関係の論考を数編頂いた。どれも地球環境問題というグローバルな課題を、東京発の経済活性論ではなく、岩手県の森林や山村の豊かさに結びつけ、それを活用して新しい価値を創出し、経世済民の意味を問い直し、これからの人間らしい生き方の模索について説かれていた。答えはない。繰り返すが、大学が地域に出て議論をする場を作り共に解決していくのである。地球環境問題を議論するとき、よく"Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、地域で行動せよ)"というフレーズが登場するが、この大学の取り組みはまさにこれと一致する。「2019年度には、大学院で新たに「文化経済学」を開講します。宮沢賢治をテーマに人間の生きざま論をフィールド研究し、それを新しい経済学として作っていこうと試みています」と岡田学長。
これまでの取り組みを再定義し、専門分野を武器に地域を思い描き、先陣を切って地域に飛び出し、様々な形でキーパーソンを巻き込み、学生の成長へと結びつける。岡田学長らの取り組みは、富士大学のモットーである『思索と行動は人生の双つの翼だ』を確実に体現していると言えよう。