特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<31>愛知淑徳大学
年間500件のプロジェクトが進行
企業、市民、自治体が学生の活動を後押し
長久手市は、巨大都市・愛知県名古屋市の東側に位置する。言わずと知れた「小牧・長久手の戦い」の舞台である。名古屋市のベッドタウンとして人口は急激に増加、平均年齢の若さは全国市町村中1位、人口増加率も最上位である。市内には2005年「日本国際博覧会(愛・地球博)」で有名になったリニアモーターカー「リニモ」が走る。また、トヨタ自動車株式会社、トヨタグループの株式会社デンソーのお膝元であり、数多くのモノづくり企業が立地している。愛知淑徳大学(島田修三学長)は、市内に四つある大学の一つであり、同市と名古屋市千種区、二つのキャンパスに九学部を設置する。地域連携活動について、大塚英揮コミュニティ・コラボレーションセンター長、和田恭治同センター事務室長、秋田有加里同センター職員に聞いた。
●市民活動が盛んな名古屋地域
2005年、この地で愛・地球博が開催され、市民・ボランティアが運営・企画に参画し大いに盛り上がった。学生が地域活動で成長することを重視していた小林素文愛知淑徳学園理事長(同大学教授)は翌年、地域連携教育を推進する「コミュニティ・コラボレーションセンター(CCC)」を設置した。このセンターは建学の精神「違いを共に生きる」の実現の場である、とは小林理事長の言葉。「全学部の学生がいつでも取り組めるように、という小林理事長の思いが反映されています」と秋田氏は述べる。
長久手市は、名古屋都市圏のベッドタウンとして、急速に育児世代の人口が増加する地域である。地元愛が強く、若い世帯が多いので、NPO・市民団体の活動が盛んだ。CCC設置当初、秋田氏らはこうしたNPOをつぶさに回った。現在は20団体ほどと特に強く繋がり、彼らの活動に学生が多数参加する。もちろん、単なる労働力としての依頼は断わる。なお、長久手市と市内四大学(愛知医科大学、愛知県立芸術大学、愛知県立大学、愛知淑徳大学)は、「大学連携推進ビジョン4U(長久手市大学連携基本計画)」を策定し、社会貢献、教育活動支援、研究推進、拠点整備における連携など、多数のプロジェクトを行う。「長久手市のように名古屋近隣は市民のまちづくり活動が活発ですから、自治体は後方支援がメインとなります。一方、郊外になると、自治体の役割が増していく印象はあります」と和田事務室長は述べる。
トヨタ自動車は、1990年初頭から環境問題や「企業の社会的責任(CSR)」への意識が高く、社内にボランティアセンターを設置している。社員ボランティアサークルの一つ「JDRトヨタ」は、地元で高齢者対応、障がい者支援、育児支援等に取り組んでいた。2015年、取り組みの連携相手の一つとして愛知淑徳大学が選ばれた。一つの私立大学と連携することは珍しいが、その理由はこれまでの長い活動実績があるからである。「トヨタの取り組みをベースに、本学学生も交えて計画を相談しながら活動させて頂いております」と大塚センター長は説明する。
「デンソーは、2008年に社会貢献推進室が設置され、地域のNPO支援等が行われることになりました。以前から本学の教員とお付き合いがあったこともあり、一緒に取り組みましょうと意気投合をしました」と秋田氏。現在は他にも12社程度と連携協定を結んでいる。
このように長久手地域は、市民、企業、それを後押しする自治体とそれぞれが活発であり、特に大学生が地域活動を行う際に好条件の環境にあると言えよう。
●年間1万人超が利用するセンター
CCCでは、年間500件程度の大小様々なプロジェクトが進行している。年間登録者は総学生の約半数に当たる4000人、年間センター利用者数は延べで1万6000人弱である(2016年)。CCCに登録する学生団体は約30あり、各団体に担当職員が1人付いている。取り組みのジャンルとしては、震災支援、子ども支援、福祉・多世代交流、環境、防災、国際交流、まちづくりなど。「担当といっても、活動が停滞したり、学生には解決できない課題が発生した時を中心に支援します。基本的には学生の判断や工夫に任せています。先輩が後輩にノウハウを引き継ぎ、自律的に組織を回しています」と秋田氏。
コラボメッセは、年に1度、これらの学生団体・市民団体が一堂に会し、活動報告と交流会を行う一大イベント。卒業生と在学生の繋がりが構築され活動の協力体制ができる。
学生が段階的に社会貢献活動にチャレンジできるよう、カリキュラムも工夫されている。CCCが開設する正課科目の「CCCスタートアップ講座」は、学部共通で地域活動で必要なマナーや支援法を学ぶ。「ボランティア」、「障がい者支援ボランティア」、「まちづくりマーケティング」など、活動に直結した科目も開講されている。「全ての学生に参加してもらいたいと思っています。初めは単位やスキルアップが目的であっても、活動しているうちに自分事になって成長に結びつくカリキュラム設計にしています」と大塚センター長は力を込める。
長久手市以外の自治体も、大学生の地域での試みに温かい手を差し伸べている。名古屋市は、学生の共同活動拠点として学生向けワーキングスペース「N―base」を設置、地域連携やボランティア活動に取り組みたい学生を支援する。また、市が社会と学生の間を取り持ち、イベント、交流、情報発信、クリエイティブといった分野を行う「ナゴ校」を設置している。ナゴ校への学生参加人数は、同大学が他大学を引き離して最も多い。「名古屋市には、大学の取り組みを支援する大学政策室が設置されています」と和田事務室長は述べる。
愛知県は、大学生がグローバルな視点を持って継続的に環境活動を実施することを目的として、パートナーシップ企業・団体の環境課題に対し、研究員である大学生が調査・ディスカッションをしながら解決策を提案していく「かがやけ☆あいちサスティナ研究所」を設置している。このように、愛知県や名古屋市は、地域の一員として大学生の取り組みを支援し見守っている。
一方、町の9割が山林で占める県北東にある設楽町は、お茶畑が広がる限界集落である。高齢者が畑仕事に困難を抱えていることを知った卒業生がCCCに相談。職員らが現地調査をしたうえで、お茶畑の手伝いを募集した。愛知県全域に広がる卒業生は、CCCを駆け込み寺として認識している側面もあり、また、それがCCCの活動領域を広げてもいる。
活動費は潤沢ではないものの、継続的に取り組む仕組みが整う。トヨタ自動車等大企業の支援のほか、名古屋市白金児童館、長久手市たつせがある課、日進市役所福祉課、民間の財団などから補助金が交付されている。委託事業も、長久手市と日進市を中心にまちづくり関連で受けている。大学の後援会から資金面の協力を得て、チャレンジファンドを設けている。スタートアップ部門(5万円)と一般部門(10万円)で、学生はプレゼンテーション、教員の審査により学生団体を採択する。採択後には、中間と最終の年に2回の報告を行う。
大塚センター長は、地域との信頼関係構築について、「人と人との縁を大事にすることです。地域の会合や取り組みで知り合った繋がりを維持する。そのうち、あれができそう、これができそうといって、共に取り組むと信頼関係が太くなります」と説明する。「歌舞伎フェスタ」等のイベントを学生と開催した、御園通商店街の松本一義振興組合理事長は、「100年以上の古い歴史のある商店街のメンバーが構成員ですから、(略)良い面、悪い面(企画が通らない)もありながら、一緒にやってこれたことが良いことだと思います(CCC活動報告書2016)」と学生との協働作業を評価する。
●取り組み期間と組織体制に強み
愛知県の数ある大学の中で、この大学がこれだけの取り組みを行い、また、連携先から絶大な信頼が得られている理由は、大きく次の二つではないだろうか。
一つが、取り組み期間の長さである。トヨタ自動車が連携の理由に挙げたように、実績の積み重ねが「まちづくり活動といえば愛知淑徳大」という信用・ブランドに繋がっている。教職員、センター、学生の役割と取り組みの手順は半ば完成し、学生は人間的に成長し、企業の評価も定着した。
二つが、組織体制である。2キャンパスに計10人の職員が常駐している。彼らの存在は、学生・地域側双方にとって頼もしい存在であり、いわば、双方の中継地点、調整役となっている。特に秋田氏のように設立当初から関わる職員は貴重で、内外において広く深い人脈が構築されている。「大学の地域連携は、大学と地域の境界線にいる職員の動き方次第です」と大塚センター長は述べる。
これだけの取り組みを学生が地域内で行うことの意味を考えてみたい。ニュータウンとして一貫して人口は増え続け、1975年に開学したこの大学は、町の発展と共に在り続けている。学生が地域にいて、困りごとを解決していく。イベント、食、何かを作る、それは地域の人々とのコミュニケーションの中で生まれ、学生も成長する。そのような関係性が地域で当たり前になっている。
「県立大学の学生が主催している取り組みですが、地域の中で鍋をやります。そうすると、「学生を支えたい」と様々な世代の方々が一堂に会します。学生を介してあらゆる世代が繋がるのです。また、日進市からは、イクメンを育てる男女平等参画事業を学生に委託されました。父親同士の行動をじっくりと観察し、アンケートを読み込んだ学生たちは「イクメンを広めて継続させるには、父親同士のネットワークが重要だ」と気づきました。大人が見落としている点に、学生だから気づくことができたのです」と秋田氏は解説する。
コミュニケーションの語源は、ラテン語のコムニカチオ (communicatio) で、共有するという意味がある。コミュニティ=共同体もここから来ている。学生は自らを媒体として市民同士の想いや課題を共有しているともいえる。学生が地域において役割があるとすれば、あらゆる世代を繋ぐハブ・潤滑油であり、また、「学生ならでは」の視点や意見で地域を豊かにする存在でもある。その点で、学生は地域において、「学生市民」とも呼べるようなユニークな役割を持つ存在なのかもしれない。
「2018年9月には愛知県で「第7回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム」が開催されます。すでに愛知の22大学が参加を表明し、大学生が連帯して支えていこうと盛り上がっています」と秋田氏が意気込むように、愛知の大学は、地域連携でまとまりつつあるようだ。
しかしながら、周囲の大人たちの支援が充実しているから、地域連携が進んでいるわけではない。学生たちが楽しむ姿こそが重要だと大塚センター長は述べる。大塚センター長は、中部経済新聞(平成29年5月29日付)にこう寄稿している。
「「まち」や「地元」を愛すること、自分が楽しいと思えるムーブメントを楽しく動かしていくことが地域を活性化する上で一番大切なことなんだ、というのが、地域と大学の連携に関わってきた中で僕が得た最大の「気づき」である。(略)自らが楽しいと思えることを楽しんでやる。そうすれば、自然と活動の輪が広がりやすくなる」。やらされてやるのではなく、楽しんでやる。他意なく夢中になる。まだまだ半人前の学生に、地域の人々が協力してくれるのは、そうした学生の姿勢ではないだろうか。
東海地域でも群を抜いた地域連携を行う愛知淑徳大学の強みは、学生を地域活動に夢中にさせる文化・組織体制だとも言えよう。