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特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<30>文星芸術大学
地域の未来描き資源を駆使
先端デジタルマンガ技術等で地域に貢献

 宇都宮市は、由緒ある二荒山神社を中心に栄えた、北関東の要衝である。餃子、ジャズ等文化的資源に恵まれ、東京まで新幹線で1時間を切るなどアクセスも良く、「住みよさ度」、産業・消費の「民力度」で全国1位(東洋経済別冊「都市データパック2016年版」)で、人口は順調に増加している。産業としては農業が盛んで、特にだいこんといちごの生産量は全国第1位、梨は全国第3位となっているほか、製造品出荷額等が全国第12位、また栃木県の県民所得が全国第4位など、バランスのとれた県となっている。その地域にあって美術学部美術学科のみを設置する文星芸術大学(上野憲示学長)がある。美術系ならではのユニークな取り組みを、長島重夫地域連携センター長に聞いた。

●寺学連携

 美術学科には、総合造形専攻、デザイン専攻、マンガ専攻の3専攻があり、これらがそれぞれの強みを活かして地域連携を行う。大学として本格的に連携が推進され始めたのは2008年、長島センター長が赴任したとき。「前職は県庁職員で、当時からこの大学のポテンシャルを感じていました」と振り返る。地域連携を組織化・システム化して行う必要性を訴え教授会に諮った。反応は半々。しかし中には、「こういうことをしたかった」と声を掛けてくれる教員もいた。
 地域連携センターでは、コア会議を通して地域からの依頼をどの教員、学生が担当するか決め、取り組む事業ごとにプロジェクトを編成していく。連携が本格化する一つの契機となったのは、泉福寺(日光市)本堂に設置する天井画の制作である。荒井 孝特任教授と長谷川興賢住職の縁により、このプロジェクトがスタート。真言宗智山派総本山の智積院(京都市)の国宝障壁画から花を中心に図柄を切り取り、大学院生、学部3年生と教員が復元模写、2009年に32枚、10年・11年に28枚を制作した。
 寺学連携とでも呼ぼうか。寺院と大学のこうした連携は全国的にも珍しい。一般的に考えれば、権威ある専門家に依頼するものなのかもしれないが、学生の可能性を信じて想いを託した長谷川住職、そして、その期待に応え、1枚1枚、全身全霊を込めて制作した学生たちとのコラボレーションは、88枚の天井画として遠い未来まで残っていく。地域連携における教育・研究では学生を見守るサイドの対応こそが試される。何をどこまで任せるか。地域や教員側の度量の大きさで、学生の成長度合いも決まると言えよう。
 この成果は大きなニュースとなってメディアにも取り上げられた。この噂を聞きつけて、日光二荒山神社中宮祠大国殿や、宝蓮院(宇都宮市)の天井画も依頼され制作している。これも多くの地域関係者の目に留まり、「文星芸術大学は、芸術やデザインの依頼を受け、協力してくれる」という認識が広まった。自治体や企業等から問い合わせが殺到し、現在は年間50件超の依頼が入るという。メディア掲載も年間60~70件になり、学内では地域連携は当たり前という雰囲気になった。

●全国的に有名なモーションコミック研究

 更に取り組みをいくつか見てみよう。
 「モーションコミック」は、アニメーションとは異なり、1枚の静止画を動かし、音を付けた未来のマンガである。制作時間や費用がアニメの5分の1から10分の1以下で済むといわれ、現在注目されているデジタル技術の一つであるという。このデジタル技術を駆使した「デジタルマンガ」に関するこの大学の教育・研究は、全国的にも有名である。「卒業生が多く就職している地元広告制作会社の株式会社アイディや宇都宮市の帝京大学理工学部と連携して、技術開発を進めています。『デジタルマンガキャンパスマッチ』という全国的コンテストでは、2年連続で「未来のマンガ部門」でトップの奨励賞を受賞しました。
 これに目を付けた津久井富雄大田原市長は2016年にPR動画の制作を依頼。マンガ専攻の田中誠一准教授とアイディに勤める2人の卒業生は、5分50秒の「天地の生粋」というモーションコミックを制作、この技術での自治体PR動画制作は全国初だという。津久井市長は、「大田原市のよさを表現してもらいうれしい(朝日新聞2016年12月16日付)」と評した。2017年にはこの技術を使い、NHK宇都宮放送局の特集番組の制作に協力した。
 足利市や宇都宮市など国道293号線沿線の市町、JTB関東との連携により、国道沿いの自然風景、歴史建造物、美術館などを巡るアートツアーを実施。「はとバスの定員45人に対して500人の応募がありました。これを見た他市からは「うちも参加させてほしい」と。地方創生に繋がる事業として、県からも補助支援があり、本年度は三市一町で行い、いずれは沿線の全市町が参加する企画としたいです」と期待をふくらませる。大学が市町村を繋ぎ合わせている。
 宇都宮市で開催される自転車大会「ジャパンカップサイクルロードレース」では、優勝者に贈るトロフィーを、彫刻専攻科の教員と大学院生、学生が2か月かけて、地場産の大谷石を使って制作した。その他にも、宇都宮市の上下水道案内パンフレットの作成、マンホールの蓋のデザイン制作、日光地区観光協会連合会のキャラクターデザイン、宇都宮競輪場のロゴマークデザイン、那須観光協会の観光ポスター、壬生町の獨協医科大学附属病院や宇都宮市の栃木医療センターでの学生制作の作品展示(アートセラピー)などなど、ジャンルを問わず様々な取り組みを行い、少なくとも事業の半数はメディアで取り上げられている。そして、更に依頼が舞い込んでくる。
 これらは正課教育の中で行われる。3年次の「デザイン技法実習Ⅰ・Ⅱ」(各4単位)がそれで、日光市役所より毎年10件程度提供される地域課題を、デザインの力でPBL形式で解決していく授業である。「1、2年次は、座学で基礎を学びますが、3年次からはほとんど学外での取り組みに参加します」。デザインの下準備で地域について学習し、地域の人々と濃密な時を過ごすため、コミュニケーション力が向上する。「この取り組みの重要な狙いの一つがキャリア教育です。地域の人たちと話をすることで、学生たちは様々な価値観を知ることができます」と解説する。

●学生ベンチャーを起業

 「こうした多くの依頼をビジネスとして引き受けることも考え、学生ベンチャー企業「株式会社やっぺ」を学内で起業しました。商品のパッケージやパンフレットの企画、デザイン制作、キャラクター考案、写真撮影などを請け負います。「やっぺ」とは、「~しよう」という意味を持つ、前向きな印象のある方言です」。代表取締役社長には学生が就任。依頼から納品まで行い、税理士と相談の上、収支決算や確定申告も行う。プロジェクトごとに学生を募集、アルバイトで雇い、進捗管理や支出管理を学生社長たちが行う。収入は多くはないが、企業経営のノウハウを学ぶことができ、就職活動でも絶大なPRポイントになる。
 もっとも、この大学の取り組みは、長島センター長の調整能力に依る部分が大きい。「県庁職員時代は人事や広報を歴任し、県内の多くの自治体職員と繋がることが出来ました。また、栃木県産業振興センターの理事長も務めましたので、県内企業とも交流があります。その際培った人脈が連携事業の取り組みに生きており、教員から「連携先を探してほしい。連携はどうすればよいか教えてほしい」などという依頼があったとき、大いに役立つことがあります」。いわば、長島センター長自身が地域のハブでありキーステーションになっている。現在、包括協定を結ぶ鹿沼市、那珂川町、日光市、宇都宮市、芳賀町、野木町は全てその時の人脈である。各役所や企業を訪問すれば、まず首長や幹部と面会し、連携事業の理念、相互へのメリット等を協議したのち、連携事業の具体的な取組内容を作り出す。地域のコーディネーターには、こうした手腕こそが問われるのである。
 協定先の市町村は危機意識が高く、地域活性化に意欲的である。例えば、日光市とは、人口減の現状と市の施策を中学生に知ってもらおうと、市の人口ビジョン・総合戦略の普及啓発マンガリーフレットを3000冊作成した。鹿沼市もフットワークが軽い。佐藤信市長は、学生の提案企画に対してその場で採用、担当部課長を呼んですぐに動いたという。特に大学が立地しない自治体は、モノを生み出せるデザインの力をよく理解している。「先方のニーズに丁寧に答えることで、より強い信頼関係は結ばれます」と長島センター長は述べる。
 大学間連携では、2017年10月、市内五大学と宇都宮市や企業等が連携し、宇都宮市の芸術文化を基盤とした多様性のあるまちづくりを目指して「宇都宮市創造都市研究センター」を設置した。これにより、関東では唯一私立大学総合改革支援事業タイプ5に選定されている。「本学は競合する学部がありませんから、どの大学ともうまく連携できます。そこで本学らしさを十分に織り込み、また宇都宮の課題を解決することを主眼として「文化のかおるまちづくり」を看板に大学間連携を進めます」。

●ビジョンを描き資源を集め実現する

 この大学の地域共創活動からの示唆は三つある。
 一つは、北関東唯一の4年制美術学部ということである。デザインと地域づくりは相性が良い。特にマンガは分かりやすく伝える表現方法で、あらゆる分野で活躍できる。また、デザインセンスによるロゴや意匠は何か活動があるところで必ず必要とされるから、地域が活発であればあるほど、この大学のニーズも生まれてくるのである。「企業からのオファーは絶えずあります。もちろん教育目的ですから、単に安いからという理由では引き受けません」と長島センター長が説明するように、双方にとってwin-winでなければならない。
 大学が所在する宇都宮市以外の近隣市町からも熱心なオファーがあるように、この大学は栃木県のデザインを一手に引き受ける地位を確立したと言えよう。
 二つは、長島センター長の先見性である。人脈だけでは新しい事業は生まれない。それらは目的ではなく手段である。それでは目的は何か。それは学生の教育であり、地域の活性である。長島センター長は、栃木県内の市町村や企業、そして、大学内の人・金・モノ・情報をうまく集めながら、新しいプロジェクトを生み出す。例えば、長島センター長が力を入れた、宇都宮市中心街のオリオン通り商店街振興組合と共同で開設したカフェ・ギャラリー「オリオンAC(アート&カルチャー)ぷらざ」は、経済産業省の地域商店街活性化法に基づく商店街活性化事業計画の認定を受けた。「市街地活性化のための拠点づくりに芸術と文化を切り口にした事例は全国的にも少なく、大きな注目を集めました。経済産業省の「がんばる商店街全国30選」にも選定されました」と胸を張る。重要なのは、数歩先を見据えた地域のビジョンを描き、利用可能なあらゆる資源を駆使して実現する意思と力である。
 三つは先述のキャリア教育である。デザインや芸術を志す学生にとってアウトプットの前にインプットが必要となる。つまり、地域の依頼を受けるのであれば、その地域の文化風土をきちんと理解しなければならない。知るうちにそこに住む人や風景に愛着を抱く。こうして学生は地域に職を求め地域に帰っていく。「地域連携活動によって学生のキャリア形成ができる点が重要です。主体性、地域でニーズを汲み取る力やコミュニケーション力が向上し、最近はサービス業でも求人があります。就職活動をする学生は本センターにも訪れ、情報を得ています」。確かに産学連携センターは、学生からすれば就職活動先と繋がっている有力な部署であり、キャリアセンターと共に利用したい場所である。
 この4月、先述の様々な地域連携教育の集大成として、「地域文化創生コース」をスタートさせた。「このコースでは、デザインを行うというより、地域に伝わる優れた歴史や自然を学び、芸術的センスを養って、地域活性化のためのまちづくりを研究していきます」と構想を語る。
 文星芸術大学は、デザインというオンリーワンの学部を武器に、地域のあらゆるセクターを繋ぎ合わせて地域文化を創造しているのである。これこそが地方創生の在り方と言えよう。