特集・連載
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<29>新潟薬科大学
産学官で日本酒業界に大革命
薬科大に社会科学系学科を設置
新潟市は、2005年の市町村合併により、本州の日本海側最大、唯一の政令指定都市となった。市に設けられた8行政区のうち、新潟駅の南に位置する秋葉区の新津地区(旧・新津市)は歴史的に鉄道で栄えた。中心市街地のベッドタウンとして人口動態にそれほどの変化はないが高齢化率は他区に比べて高い。一帯は丘陵であり里山として整備され、農業も主要な産業である。そのような中で、新潟薬科大学(薬学部、応用生命科学部応用生命科学科・生命産業創造学科)は産学官連携・地域連携に力を入れている。2018年度には私立大学研究ブランディング事業に採択された。寺田 弘学長、重松 亨応用生命科学部教授・学長補佐、大仁田香織学長補佐に話を聞いた。
●薬科大学に文系学科?
新潟薬科大学は、1977年、海岸に近い新潟市現・西区に設置された。2002年、応用生命科学部が旧新津市と地元食品産業界の誘致により開設、その後、2006年に薬学部も移転した。転機は2015年、秋葉区が音頭を取り、「新潟薬科大学との連携によるまちなか活性化実行委員会」が組織され、「まちなか部会」、「健康部会」、「里山部会」を置いて、新津商工会議所、大学の産官学連携が強力に推進された。「それまでにも個々の教員は産学官連携・地域連携を進めていましたが、この実行委員会を機に組織的かつ積極的に推進することになりました」と寺田学長は振り返る。
ここで、生命産業創造学科(定員60名)に触れたい。薬学部と応用生命科学科は純粋の理系分野だが、この学科はウェブサイトで「食品・農業・環境分野における課題発見と解決ができるプロデューサーを育成」と紹介されているように、主として農業系の経営・経済学などを中心に学ぶ社会科学系分野である。専門必修科目「地域活性化フィールドワーク」では、秋葉区企業等の協力を得て企画、商店との活動を通した学びの機会がある。薬科大学に生命科学分野、更に社会科学系を備えているのが、この大学の一番の特徴と言えよう。「技術開発はできても商品化まで辿り着けないもどかしさがありました。そこで前の田中学部長のリーダーシップにより設置しました。農業の六次産業化を見据え、生産、加工、販売全ての局面に携われる人材の育成、そして、大学として地域に貢献できることを目指しています」と重松学長補佐は説明する。この風変わりな学科が、実行委員会設立のきっかけの一つにもなった。
この大学は、秋葉区では唯一の大学、また、新潟県下において唯一の薬学部を設置する大学である。この意味でも熊倉淳一区長(新潟市理事)と寺田学長、現場職員の信頼は厚い。若い力=学生に大きな期待をかけ、区として地域活性事業を用意して声をかけてくれる。「ある時、篠田昭新潟市長は、『新潟で一番大学との連携が強いのが、秋葉区と新潟薬科大学だ』と仰っていました」と寺田学長。農業が盛んな秋葉区と、第6次産業を「プロデュース」する応用生命科学部との相性は抜群なのである。
大学には、産学官連携推進センターや教育連携推進センターなどを設置し、外部との窓口を整備した。また、実行委員会をきっかけに、特に農家や食品会社からの研究や分析依頼が増え始めた。共同研究・受託研究は中小規模大学にしては件数も多く30件、金額にして1億5000万円(2016年度)にも及ぶ。特に、文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」の中核的研究にも位置付けられている「圧力生酒コンソーシアム」は、特筆するものである。
●新しい日本酒の歴史を切り拓く
日本酒は「火入れ」という工程を通して加熱殺菌することが一般的であるが、この時に風味が変化してしまう。火入れ工程を経ないのが「生酒」で、フレッシュですっきりした飲みやすさ、さわやかな風味を持つが日持ちがせず、海外への輸出は難しい。大学は、地元酒蔵の一つ金升酒造をはじめ、越後製菓・総合研究所(高圧技術)、新潟県醸造試験場(発酵・醸造技術)、大日本印刷株式会社(プラスティック容器)とコンソーシアムを形成し、圧力処理技術により「日持ちする生酒」の実用化に向けた研究を行っている。具体的には、にごり酒に400メガパスカルという高圧を10分かけることで酒中の乳酸菌・酵母を死滅させる。試作した第一号生酒の名称は「AWANAMA」。「これまでのように応用生命科学科の教員や学生だと、実用化のことしか頭にありませんが、生命産業創造学科の学生は、『これを誰にどのように売って商品化するか』を考えます。彼らがいなければ、例えばパッケージデザインが重要だとは考えもつきませんでした」と重松学長補佐。量産化できれば海外輸出にも繋がるし、日本酒業界の大革命となる。この開発は、全国的に有名になり各酒蔵から問い合わせが殺到。「新潟の地酒を楽しむ『にいがた酒の陣』の会場で、金升酒造の杜氏からは『来年度こそは試験販売をしたいね』と声をかけて頂き、情熱と本気度が伝わってきました」。こうした生産者の本気の後姿を見せることも、学生にとって十分に刺激になるだろう。
また、大麦の生産量を向上させたいという農林水産省の要請に応え、北陸地域主産の「六条大麦」を使った新商品開発も行う。先述の金升酒造と共同で、香りが強い「ゆきみ六条(農研機構・中央農業総合研究センター北陸研究センター開発)」の麦焼酎醸造に結び付けている。これは「越後麦焼酎 六条」として梅酒も含めて販売している。この焼酎は2016年の「G7新潟農業大臣会合」で振る舞われ好評を博した。更には六条大麦を使ったクッキーやケーキ、大麦リゾットも試作した。これらは3学科の学生が参加するプロジェクトである。「薬学部生は衛生面、応用生命科学科生は商品開発、産業創造学科生はマーケティングと、学科横断で6次産業創出を行います。まさに学部設置時に想定していたことが行えていると思います」と大仁田学長補佐は述べる。
●学食のないキャンパス
こうした産学官連携のほか、学生を中心とした地域連携も盛んに行っている。
2016年4月、JR新津駅から徒歩1分に新津駅東キャンパス(愛称は「新津まちなかキャンパス」)がオープンした。ここが中心となり、学生による様々な地域活性化の取り組みが行われている。
応用生命科学部は、「キャリア形成実践演習」という科目を2学科共通に実施している。「区、商工会議所と、学生が成長しそうな地域課題を議論しました。年間10程度のプロジェクトを置いて学生を募り実行していきます。当初は単純労働もありましたが、学生の声等を踏まえて改善していきました」と大仁田学長補佐。現在は、事前学習、実行、事後学習というスキームが確立し、教材の質も上がっていったという。こうした学生の取り組みは区民に知れ渡り、区報に掲載されるので、大学のイメージアップにも繋がる。
薬学部では、地域住民を対象とした「健康・自立セミナー」が好評を博しているという。「1~4年次に、科目『地域住民の健康状態を知る』があり、週末に公民館やコミュニティセンターで、地域の方々、高齢者の方々に学生が健康学習講座やアンケート調査を実施します。学生は大学で学んだ知識を活用する「生きた場」として多くのことを学びます。一方、高齢者の方々は、「薬の服用者」として色々なことを知っていますから、学生に教えたい、と考えているのです。こうして世代間のコミュニケーションが生まれます。本学が掲げる「健康・自立」の本質は他者とのコミュニケーションであり、まさに高齢者にとってはこの実習でのコミュニケーションが健康の鍵でもあります」と述べる。高齢者は、若者と話すことで認知症等予防にもなる。生活の刺激であり、ひょっとすると、高齢者の中にはこれが生きがいと感じている方もいるかもしれない。「学生が地域に出ることによる効果を目の当たりにしました。学生は地域の人々と話すことで自分が必要とされていると実感し、学習への非常に強いモチベーションとなります」と寺田学長は述べる。
なお、新津駅東キャンパスには学生食堂がない。学生が地域の飲食店を利用することで地域活性に繋げたい大学側の思惑がある。先述の秋葉区の協議会の三者で「学生ランチMap」を作成し、学生が飲食店を利用するときに100円の値引きになる制度も作った。そのMapにはこう書いてある。「小さなエリアの中には、積み重ねてきた歴史や魅力的な人々、触れようとすれば見えるものがたくさんあります」。地域との積極的なコミュニケーションを促している。「学食のないキャンパス」、そして、「地域の飲食店の割引券」という制度は、長期休暇中の経営など大学が学食を抱える様々なリスクを解決するメリットがありそうだ。
他大学との連携では、同じ新潟市内の新潟青陵大学と新潟国際情報大学の2大学と、頭文字を取って「S(青陵)K(国際)Y(薬科)」という名称で盛んに行っているし、薬学部のない新潟大学とも、教育・研究面はもちろん、医学部とは「チーム医療」のパートナーとしても良い連携が取れている。「災害薬学という分野でも連携しています。これは、平時の防災対策や災害時の薬剤師の医療活動等を研究する分野です」と大仁田学長補佐は説明する。
●若い感性を大事に
この大学の特筆すべき点は二つある。
一つ目が、地域にマッチした学部である。新潟市という農業、そして、醸造が盛んな地域において、薬科大学でありながら、文系/理系を備えた応用生命科学部が強みとなって第1次産業を中心に地元産業に大きく貢献している。これを通じて、学生、教職員が地域から学んでいく。先述の通り、技術だけではなく、どうすれば売れるか、消費者にリーチできるか、訴求できるデザインは何かを考える学科を持つ強みは大きい。特に女子学生の意見は貴重だ。「醸造の権威からダメ出しをされた新商品案がありましたが、女子学生は美味しい、これはいけると。最後は商品ターゲットに近い若い感性を重視しました」と重松学長補佐は述べる。熊倉区長は「新潟市の食品業界のけん引役を期待している」と述べ、新津商工会議所古川賢一会頭は「駅前にキャンパスの形が現れたことに街の人も商店も喜んでいます。(略)新キャンパスは地域の宝です」と評した。「高校訪問に行くと、薬科大学なのにそんなこともやっているのか、と驚かれ、逆に覚えて頂いているように感じます」。
二つ目が、新潟県オンリーワンの薬学部の存在である。新潟県薬剤師会はもちろん、市内薬局、病院には大学卒業生が勤務しており、この地域の卒業生ネットワークは大きな財産である。「東京の薬学部に進学すると、そのまま戻ってこないそうです。本学が存在する意味は、それだけでも大きいとも思います」と寺田学長。そして、新潟に張り巡らされた卒業生ネットワークと新しく開発された商品の数々が結びつくと面白い化学反応が起きそうである。
重松学長補佐はこう述べる。「地域に大事にされているなあと感じます。各セクターとは、頼み頼まれる関係。地域連携の取り組みをやっていて楽しいです」。現在はオリジナルのレトルト食品を作ろうという動きがある。学生に呼び掛けると、3学科からそれぞれ集まった。早速レシピを作って試食会をする。誰に売るかも考える。「学生たちもワイワイガヤガヤと楽しそうです。本学だからこそできることだと思います」。学生、時には教職員が楽しく夢中になれる課題を探し出し、まずは実行してみることが重要なのであろう。何かを生み出すことはチャレンジングでワクワクすることだ。そう感じる若者を育成できるかが、地方創生の重要な視点でもある。
新潟薬科大学を見れば、当初は薬剤師というプロフェッショナル養成を主目的とした大学であっても、地域ニーズに応じて様々に進化・深化していくことが重要であることが分かる。それは政府が国立大学に定めたような三つの機能分化には当てはまらない、現場の豊かな取り組みの証左にもなろう。