特集・連載
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<28>西日本工業大学
町の工場の課題を解決
大学の敷居下げるコーディネーター
北九州地域は、かつて製鉄産業を中心に隆盛を誇っていたが、その負の遺産として深刻な公害問題に直面した。これを産学官が連携して乗り越えた経験から、「環境」をキーワードとした政策を重視している。一方で、転出超過数、高齢化率が政令都市で最も高いなど、課題先進地域でもある。その南部にある京築地区は沿岸部を中心に自動車関連企業が多数集積する工業地帯であり、農林水産資源にも恵まれている。この京築地域の唯一の大学として、西日本工業大学は立地している。大学の産学連携・地域連携の特色ある取り組みについて、西尾一政学長、池田英広地域連携センター長、丸山 聡事務局長、西村健司地域連携コーディネーター・講師に聞いた。
●二つのキャンパス
西日本工業大学は、1967年に京築地区工業地域の企業有志により工学部のみの単科大学として設立された。
2006年に北九州市の中心市街地にデザイン学部を設置。そして、2013年3月、菊池重昭学長(当時)が「地域を志向した大学」を学内外に宣言し、組織的な産学連携、そして、地域貢献を行うべく大学方針を転換する工学部は、新しい分野として知能制御系(画像処理や人工知能)と設備保全工学系に力を入れ、産学連携と相性の良い分野を強化した。西尾学長は言う。「設備保全は、私の専門領域でもあります。大学に精密万能試験機オートグラフ、走査型電子顕微鏡、3Dスキャナー・プリンタなどを有する計測・分析センターには一企業が自前では購入できない機器を揃えて分析等の支援をしています。中小の工場は、長く設備を使用したいですから人工知能によって部品の耐用年数を統計的に分析しています」。いわば、工場の総合医であり予防医の養成である。
産学・地域連携の取り組みは、おばせキャンパス(苅田町、工学部)と小倉キャンパス(北九州市、デザイン学部)で、それぞれに特徴がある。
おばせキャンパスの立地する福岡県北東部の北九州・京築地区は、自動車やセメントをはじめとした重工業地帯であり、中小の工場が多い。それはすなわち工学部として、豊富な連携先と産学連携が進められるということである。とはいえ、当時の大学に対する地域の声は、「敷居が高い」というものであった。現在は大学の認知度が高まり相談件数は増えたが、そのきっかけは、最大の連携先でもある日産自動車九州株式会社(荒井孝文代表取締役社長、本社:苅田町)との共同開発、そして、研究生制度の導入である。
●日産九州との強い協力関係
2010年に文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」に採択されたテーマは、「企業ニーズに応じた実践技術教育体系の構築」で、具体的には同社から研究生を受け入れて1年間、勉学や自分の課題に打ち込んでもらうもの。「当時の社長から現場の技術員を研究生として入学させて、現場で課題解決の研究ができる実践技術者を育成してほしい、という要望がありました」と池田センター長。そこで、前期に科目等履修生として工学基礎知識の座学、後期に研究室で教員や学生と自分の課題を解決するプロジェクト型学習を行い、課題発見・解決力を身に付けるプログラムを構築し、1期生は3名在学した。修了生の中には、再度研究生として在学する社員もいた。このプログラムは、経済産業省が実施した「社会人基礎力を育成する授業30選」に選出され、これを機に2012年、同社と産学連携の包括協定を締結した。
共同研究成果としては、2012年、屋外用無人搬送車(AGV)の障害物センシングシステムが挙げられる。輸送コストの削減に大きく貢献し、他工場への技術移転や他社からも引き合いがあった。更にこの運用システムの開発も行い、「製造現場における「見える化」改善展2016」において最優秀賞を受賞するなど、2者の産学連携の代表的な成果になった。
「日産九州とは昔から現場レベルでの繋がりがあり、学園祭や工場内のお祭りにお互いが出展し合う仲でした。現在の社長は技術畑出身で、本学の若い教員とも技術的な議論を交わします。彼が社内で「大学連携をより強化せよ」と檄を飛ばして、一層進んできました。現在は画像処理と人工知能を活用した技術開発を共同で行っています」と西尾学長は述べる。同社との関係はより強固になり、役員等には同「就業力育成」事業の評価員も務めてもらった。「本学の教員と学生にとっても、刺激的な連携です。特にエビデンスを残すことの重要性を学び、コストや時間・納期の順守意識が育ちました」と池田センター長は述べる。
こうした実績が大学の優れた教育研究力の裏打ちとして、地元企業の注目を集め、産学連携のオファーが増え始めた。例えば、キャベツ農家の依頼に応えて、畑のキャベツの状態や個数について、ドローンを飛ばしながら画像を解析する。10分程度で終了、虫食いの状況なども発見できることが分かった。また、みやこ町からの依頼では、民家に住み着く野生アライグマ対策として安価な手製罠を作製した。
日産九州との連携成果は、多くの教員が地域へと目を向けるきっかけにもなり、名実ともに地域の大学へと更に力強く足を踏み出したのである。
●敷居を低くするコーディネーター
一方、小倉キャンパスが立地する北九州市は、1960年代に公害対策を求めて市民が立ち上がり、以来、社会課題に対して市民が主体的に取り組む市民活動の盛んな街である。市は小学校区毎に街づくり拠点を設置し社会福祉協議会も地区毎にあるなど、市民活動支援と市民ニーズの吸い上げを容易にしている。デザイン学部はそういう地域に立地している。「キャンパスはJR西小倉駅と市役所のすぐ近く。アクセスが良く様々な用途で市民の皆さんに利用されています」と丸山事務局長は述べる。
こうした中、2014年度の文部科学省「地(知)の拠点整備事業(COC事業)」に採択される。連携する自治体は、北九州市と苅田町以外に行橋市、みやこ町、築上町、豊前市、吉富町、上毛町と、北九州から大分県境にかけて、海沿いの市町全てが含まれる。「北九州でデザイン学部を設置するのは本学のみで、更に京築から大分北部まで、大学そのものが本学しかありません。自治体の悩みは、主に少子高齢化や地域の活力低下です。大学として鳥獣害被害対策、空き家対策、子ども達への科学教育に力を入れることとしました」と池田センター長は説明する。特に地元・苅田町とは、定期的に職員同士が懇談会を開く間柄。「必要申請書類をお願いに行ったら、二つ返事でOKをもらい翌日には町長の承認を頂けました」と述べる。COC事業を通して工学部とデザイン学部の連携が進み、両学部生が参加する地域課題解決プロジェクトの正課科目が開講し、夏休みなどに取り組むこととなった。
自治体と大学の接点では、西村講師の存在が大きい。西村講師は、同大学出身の都市計画コンサルタントであり、十数年前から街づくりの仕事を手掛けている。西村講師が自治体との窓口を務め、「御用聞き」として足しげく出向き情報を発信・収集し、大学の敷居を低くしているのである。時には地域からの依頼を直接学生にお願いしたりもする。「工業大学というイメージが先行し、依頼できる分野が限られているという誤解もありましたが、丁寧に説明していくうちに大学の可能性を理解していただき、最近は依頼が増えています」と西村講師は述べる。
北九州市とは、2017年にデザインに関する連携協定を締結した。市から紹介を受けた企業やNPOにアドバイスをしたり、デザインを手がけたり、3Dプリンタなどを備えた学内の「デジタルものづくりカフェ」を開放し、試作品作りにも協力している。
その第1弾が、北九州土産を目指した商品「Kita Kyun Sugar」である。市内の女性三人が起業して、小倉城や関門橋をかたどった紅茶用の砂糖を開発。3人は市を通じて大学と協力関係を築き、商品化にこぎつけた。
また、ヤマト運輸株式会社北九州主管支店から開設25周年として、北九州オリジナルの宅急便ボックスのデザイン依頼を受け、学生2人が小倉織や合馬タケノコ等をイメージしてデザインした。
京築地域特産ヒノキの木工品のブランド化を目指す「ちくらす」は、同大学と西南女学院大学が協力して2015年度からスタートしているもので、試作した名刺入れはこの4月に開催されるイタリアの「ミラノデザインウィーク」に出展する。この動きに苅田町役場がのり、ふるさと納税の返礼品にもなる予定だ。また、石垣 充教授のゼミ生らはヒノキを用いた古民家改修の設計なども手掛けた。
北九州市に比べて京築地区諸自治体は、市民よりも自治体主導の街づくりとなる。最近は依頼が増えており、2016年度の取り組みは150件以上、うち大学COCとしての正課授業のプロジェクトは18件である。COC採択以後は受託研究件数が伸び、外部資金が順調に入ってきてはいるが、大学のキャパシティに限界が見え始めてもいる。「課題解決に必要な予算は、学長査定特別経費とCOC事業費から措置する他、マッチングファンドとして当該自治体からの予算も引き出すようにして、COC事業終了後の継続的な取り組みに結び付けていければ」と西村講師は展望を語る。
近隣大学との連携も特徴がある。先述の通り、西南女学院大学とは、SDなどいくつかの事業でも連携している。同大学は、看護、栄養、人文学を専門領域としており、西日本工業大学とは重ならない。また女子大学であるので、学生が一緒に議論すれば、幅広いアイデアが出てくる。先述の「ちくらす」は、デザイン学部生の試作品に対して、西南女学院大学の女子学生が「ダメ出し」をする光景も見られ、非常に活発だという。北九州地域には、大規模な総合大学がなく、小規模の大学・短期大学が点在する。各大学は、ESDやCCRCなどテーマによって相手を変えながらの大学間連携が可能である。
●連携環境の豊かな大学
西日本工業大学の大きな利点は、大学の連携環境の豊かさである。まず、地域連携に非常に相性の良い工学部とデザイン学部を設置しているほか、北九州市には学部構成の異なる同規模の大学が点在しており、テーマによって連携を行うことができる。地域資源を使いながらモノを生み出す、デザインするのは、産業に繋がる。産業に繋がれば稼ぐことが出来る。大学として目指すべき一つの在り方は、「稼ぐ大学」かもしれない。マーケティングや市場調査を行うため、その分野に強みを持つ大学との連携の必要も出てこよう。
受け手である地域は、まず北九州市は市民活動の仕組みが出来上がっているので比較的容易にニーズを知ることができる一方、京築地区では唯一の大学ということもあり自治体からは大事にされている。
そして、日産九州との強い連携と実績が、地元企業への信頼に繋がっている。産学連携といっても、まず近くに産業がなければ取り組みが生まれない。その点、同大学にはアドバンテージがあるのである。「工場の課題を解決したり、地域企業から頼りにされる大学を目指しています」と池田センター長は述べる。
自治体は少子高齢化、産業界は産業構造の変化と、それぞれが岐路に直面している。大学ももちろん、18歳人口の減少、グローバル化等、様々な課題を抱えているが、同じ地域の中では知恵を出し合って乗り越えていけるものもある。西尾学長の専門は設備保全工学であるが、大学は「設備」にとどまらず、地域のソフト面・ハード面いずれの"保全"をも担う存在になりうる。
逆に言えば、こうした環境において、西日本工業大学は「北九州の未来」というジグソーパズルのなくてはならない重要なピースである。同大学のように、大学と地域が双方に高め合う取り組みを行っていくことで、地域の未来が拓けていくと言えよう。