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特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<25>北海道科学大学
“豪雪地域”を研究の強みに
道全域の自治体と連携し活性化

2018年は、「北海道」と命名されて150年である。縄文文化やアイヌ文化をはじめとする道独自の歴史や文化、広大な大地と豊かな自然環境を背景に今日まで発展してきた。その中心である札幌市は、人口196万人で全国市町村第3位、北海道全体の約3割を占める。「住んでみたいランキング」では、必ずトップ3に顔を出す人気都市であり、現在も増え続けている。一方、世界豪雪都市ランキングでは第2位と、世界的に有名な豪雪地帯でもある。北日本の経済文化の中心地で、主な産業は観光であり、特に2月に開催されるさっぽろ雪まつりは期間中に260万人を超える来場者がある。そのような札幌市で、地域連携に力を入れるのが北海道科学大学(工学部、保健医療学部、未来デザイン学部)だ。積雪寒冷地ならではの取り組みを、苫米地 司学長、谷口尚弘地域連携推進センター長・教授、高橋伸仁教育研究推進課長に聞いた。

●四つの研究所

 学校法人北海道科学大学は、1924年に設立された自動車運転技能教授所から始まり、1967年、札幌の西部である手稲地区に北海道工業大学を開学(手稲地区は大学があって町が形成された)。一貫して地域のために積雪寒冷技術の教育研究に取り組み、時代の要請に即して保健医療学系や社会科学系の学部学科を設置し、2014年に北海道科学大学として新たにスタートした。一方同法人において、1974年、薬剤師不足解消のため北海道薬科大学を開学し、2018年度には統合し科学大学に薬学部を開設して学生数約5000名規模の大学となる。
「重要なのは学部間の連携です。薬学部が新しく加わることで、既存学部との学部横断研究が行いやすくなります」と苫米地学長。
 このように、大きな特徴の一つが学部間連携による研究である。苫米地学長の号令のもと学内で推進され、北海道では唯一、平成29年度「私立大学研究ブランディング事業」に採択された。北国の豊かな生活環境を創出するための「北国高齢社会の生活カウンセラー」を確立し、地域との共創による新たなイノベーションを起こすことを目指す。
 2012年に寒地環境エネルギー研究所を設立してから、北国対応型研究促進のために見直し・増設をしながら、現在では四つの研究所が設置されている。統括部所には研究担当副学長(高島敏行副学長)をトップとする「研究推進委員会」を設置し、2~3か月に一度開催する委員会で各研究テーマの進捗状況をチェック・情報の交換を行う。この研究促進体制は、地域連携推進センターと教育研究推進課が担当し、職員も地域連携に大きくコミットする。「例えば、看護の現場では、車いすに付いた雪の掃除が課題となっていました。工学部の教員が工学的に解決できるということで看工連携の研究が始まっています」と高橋課長は説明する。
 四つの研究所と研究テーマは次のとおりである。
 Ⅰ寒地未来生活環境研究所―スマート住宅におけるウェルビーイング・サポートサービスの開発
 Ⅱ寒地先端材料研究所―積雪寒冷地生活をサポートする医療用装具の安全性・耐久性向上
 Ⅲ北の高齢社会アクティブライフ研究所―クラウド型遠隔ヘルスリハビリテーションシステム開発
 Ⅳ北方地域社会研究所―三つの研究所で開発される技術の適合地域を検討など。
 四つのセンター名を見るとわかる通り、すべて積雪寒冷地である北海道特有の問題を扱う。先述の通り、世界屈指の人口過密豪雪都市であり高齢化も進むと、市民の生活の中で「札幌ならでは」の問題が生じる。「本学は世界的な研究や大型プロジェクトを行うわけではありません。あくまで地域の具体的な問題を解決するための研究を行っています。基本的には学内で研究テーマを決めて、研究成果を公表し、自治体や産業界に利用してもらえるように呼びかけます」と谷口センター長。実際、連携企業・自治体から寄せられるテーマについては、やはり大雪に対する「雪対策」や寒冷によって生じる「エネルギー消費量の増大」「凍害」等による困難な生活と少子高齢化・過疎化の問題が多い。
 具体的に三つの事例を紹介しよう。
 一つ目が、融雪である。北海道新聞によれば、2017年度の市の除雪費は204億円。道庁はこの3年で道道の除排雪費用が3年で3割増加したと発表している。少子高齢化を背景に将来、税収が見込めない一方で、除雪は積雪寒冷地の深刻な課題である。この問題に対して、大学は伊藤組土建ら地元企業と「さっぽろ下水熱利用研究会」を立ち上げ、下水道の廃熱を利用して融雪する研究を開始した。例えば、シャワーや風呂の生活排水は地中では年間を通じて15度~25度と安定しているが、これまでは法的に利用できなかった。2015年に下水道法に改正があり、民間事業者が下水道管に熱交換機を設置することが認められた。この熱を利用することで融雪を図る。この取り組みは、弘前市とも実証実験を行っており期待の高い技術で、運用コストも半分以下にできるという。
 二つ目が、車いすである。2010年3月に札幌市内で発生した火災をきっかけに、2階以上に入所する車いす利用者をいかに避難させるかが課題となった。そこで、大学、札幌市消防局、昇降機メーカー「サンワ」が産学官連携で、車いすに乗せたまま、介護者一人で階段を降ろすことができる新しい避難器具を開発した。一方、義肢装具学科では、極低温下や雪山の中での義肢装具に使用する材料の温度変化に関する研究も行っている。
 三つ目が、視覚障碍者向けの誘導ブロックが、積雪時に効果を失うことに代わる、音サインによる手法の提案である。積雪による吸音の影響を考慮するなど、まさに積雪寒冷地ならではの研究開発と言えよう。この研究は2017年度日本建築学会奨励賞を受賞している。
 こうした取り組みには研究室において、学生・大学院生も加わる。彼らには大きな教育効果も見込めるのである。

●克雪・利雪・親雪

 「克雪・利雪・親雪」という言葉がある。雪を克服するだけではなく、雪を利活用する、そして、雪を使って楽しもう、ということだそうだ。豪雪地帯では、雪は生活に深く根差しており、逃れられない。ならば、雪を面倒なものと捉えるのではなく、恵みと捉えて活用していこう、とする豪雪地帯の知恵であり哲学であろう。確かに、雪は悲惨な事件・事故を引き起こし、経済にも影響を与えるが、それ自体が観光資源であり、豊かな自然資源でもある。雪をどう認識するかの違いとも言える。上記の研究開発は「克雪」に関するテーマも多いが、一方で谷口センター長はこう述べる。「政府は働き方革命を訴えていますが、東京の働き方と豪雪都市の働き方は異なります。「降雪して公共交通機関がストップしたら数日間仕事を休んで、皆で雪かきをしよう」という「働き方」であれば、除雪費用もそれほど掛からずに済むかもしれません。これが実現できるのは行政のみです。雪に対応した社会システムに変える研究も必要です」。日本の国土の半分は豪雪地帯に認定されているという。雪に合わせた生活スタイル=働き方革命の模索も必要だ。ようやく改正された下水道法、建築基準法もだが、これだけ多様な文化風土気候を持つ日本において、全国一律の政策を適用するには限界があるのではないだろうか。

●道全域の自治体と連携

 大学と自治体との連携はどうか。これまでに大学は、地元の手稲区をはじめ、上富良野町、猿払村、幕別町、網走市、小樽市、新ひだか町と道全域の市町村及び弘前市と連携協定を結んできた。各委員会の委員も多くの教員が務める。取り組みとしては、高齢者向けの公開講座、職員研修、学生が入り込んでの祭りやまちづくりへの参加、小学生への理科教育などで、特に手稲地区で行われる「ていね夏あかり」は25年前から実践しており、子供たちが制作した約1万個のちょうちんを集めて一斉に点火するもので、同地区の小学生ならだれもが体験するイベントになった。
 これらは全て卒業生を中心とする本学関係者との人脈であり、彼らが何らかのパイプとなって大学に依頼がある。苫米地学長は、こうした要請にいち早く応え、首長と議論してニーズを把握し、話をまとめて現場に落とす。地方の自治体ほど高齢化と人口減少に危機感を高め、大学への期待が高い。とはいえ、北海道は広い。3万人の卒業生は道内全域で活躍しており、新たな自治体との連携にはそろそろ限界もあると言う。「人口減少、高齢化に対して、若者の賑わいがほしい、地方創生・地域活性の取り組みを共に行ってほしいと声をかけて頂きます。しかし、交通費や滞在費だけでもかなりの金額になります。保健医療学部では教育効果を望める取り組みもありますが、なかなか今後は難しい局面になると思います」と高橋課長は声を落とす。
 産学連携では、大学は北海道の機械工業会やバイオ工業会などとの情報交換がメインであり、いち企業との連携は教員個人で行う。建築学科では積雪・寒冷地域における建築・住まい・地域づくりを研究領域とする「北方建築総合研究所」等の研究機関と連携、共同研究を行う。大小様々な企業と年間20件ほどの受託研究を行い、新事業の実証実験は、国内最大級の自然雪風洞実験装置など最新設備が整う共同実験棟で行うなどして外部資金の獲得も狙う。ただし、地元の中小企業の一番のニーズは共同研究・開発よりも、後継者不足への対応であるという。「後継者不足により事業がままならない道内企業も多いです。今後は本学もさらに地域と協働するよう、真剣に向き合わなければならない課題です」と谷口センター長。

●限界も見え始めた取り組み

 札幌の少子高齢化が進む豪雪大都市という特異性は、様々な課題を内包しているが、これ自体が世界最先端課題であるかもしれない。北方の高齢者が凍った路面で転倒する、という場面は世界中のどんな地域でも起こっているし、また、除雪費用も豪雪都市共通の大問題でもあろう。つまり、科学大学が開発した解決方法が、そのまま世界の北国全域に移転できるかもしれない。「積雪寒冷地での建築技術はここ数十年で飛躍的に高まり、建築物の断熱性・気密性は世界ナンバーワンです。こうした技術の積み上げは、北海道の大学と研究機関、行政が常に引っ張ってきました」と谷口センター長は述べる。
 しかしながら、今後それは難しいかもしれない、と苫米地学長。「北海道は疲弊しています。それを政府は理解しているのか。地方私大の頑張りはいつまでも続けられるわけではありません。本学もできるだけ多くの自治体と連携してまちづくりに貢献して来ましたが、人的、金銭的にも限界が見え始めています」。大小多様な取り組み数は、年間100件を超える。札幌には多くの国公私立大学が集まるが、市内でも科学大学の連携は活発で知られ、「科学大さんはここまでやっていてすごい。よくやりますね」という他大学からの声もある。しかし、これ以上は増やせないと肩を落とす。
 北海道科学大学は決して派手な研究成果を出しているわけではない。豪雪地域の課題を、逆に大学の研究の強みに替え、積雪寒冷地域研究のオンリーワンを狙う。それは学生の成長にも繋がる。その原点は、地域の人の課題に本気で取り組み役に立ちたい、という想いでもある。しかし、それこそが地域に根ざす大学の本来の姿でもあろう。