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<19>宇部フロンティア大学
大学が市民と行政をつなぐ
社会人受け入れ、試行錯誤の歴史

宇部市は山口県の人口第3位のまちで、かつては炭鉱で栄え、その歴史は上場企業である宇部興産株式会社が引き継いでいる。戦後まもなく、「世界一灰の降る街」と報じられたように、石炭のばいじん被害に悩まされるが、産学官民による「宇部市ばいじん対策委員会」の懸命な取り組みによりこの汚名を返上した。これは「宇部方式」と呼ばれ、優れた公害対策の方策として国内外に知られている。このような経緯から主にセメントなど重化学工業が盛んであり、北九州工業地帯・瀬戸内工業地域の一翼を担っているが、人口にはこれが逆にも作用し、若者は主に福岡へと流出してしまっている。山口県の進学率自体は都道府県中ワースト3に入り、高齢化率も全国トップ5に入る。こうした地域に、宇部フロンティア大学(人間社会学部、人間健康学部)は立地している。同大学の地域連携について相原次男学長、伊藤一統地域連携センター長、白石義孝地域連携センター次長に聞いた。

●先駆的だった短大工業計数科

同大学の地域貢献は宇部短期大学まで遡る。1965年に工業計数科を新設、富士通のFACOM231を実習機に使用。1991年にインターネットを利用した教育を開始。1993年にWWWサーバを西日本の高等教育機関で初めて設置するなど、情報技術者養成の分野で先駆的に取り組んできた経緯がある。また、こうした取り組みは地元企業との産学連携にも寄与し、株式会社宇部電子計算センター(現・株式会社富士通山口情報)の起業にもつながった。

また、先述のばいじん公害被害への対応として、1962年に附属水質研究所を設置、市の下水道水質検査業務などを受託した。1990年に現在の宇部環境技術センターに改組し、1975年に環境衛生学科を設置して、公害・環境問題に取り組むなど、地方の短期大学としては非常にユニークな取り組みを行っていた。

その後、4大化の全国的な流れの中で短大生数は減少、保育学科と食物栄養学科の2学科を残すのみとなる。そして、2001年に地元の期待を受けて宇部フロンティア大学が開学した。短大時代に生涯学習センターを中心として盛んに公開講座を行っていたような取り組みはなくなったとはいえ、2015年に新設した地域連携センターのもと、現在でも「地域に開いた大学」に挑戦し続けている。

●専門と結びついた委託事業

具体的な取り組みを2つ紹介しよう。

1つ目が宇部市の委託で運営する発達障害等相談センター「そらいろ」である。市内で唯一の臨床心理士養成課程を持つ高等教育機関であることから、教員と大学院修了生を中心スタッフとして、同センターの一切の運営を担っている。専門的な指導援助を提供することによって、月に平均約150件の相談件数を数えるなど地域から高く評価される。一方で、大学院生にとっても実践的研修の場となっている。また、市からは関連して発達障害児等支援者研修事業や放課後児童支援員研修事業も受託し、教育・保育機関の職員や市民を対象とした研修を行っている。

2つ目が山口県の委託で運営する子育て支援員研修である。短大部に設置されている保育学科は、県内保育士養成機関をリードする存在でもあり、その証左として、この「子育て支援員」の県内全ての研修会場の管理運営を行う。

こうした委託事業は市から年間約1700万円、県から年間約700万円の規模におよび、大学は市や県の執行機関としての役割も明確に担っている。

資格系が多いという学部学科のカリキュラム特性上、学生はボランティアや街づくりに多くは関われないが、看護と心理は大学、保育と栄養は短大と、専門領域を活かした取り組みを行政と共に行っているのがこの大学の特徴と言えよう。「宇部興産のお膝元という性格上、行政は産業政策に偏りがちでしたが、2009年に初当選した久保田きみ子市長は市民の暮らしを重視する、つまり本学の特徴を活かせる政策に舵を切りました」と相原学長は述べる。

●開学当初からの社会人学生受け入れ

こうした動きとは別に、実は開学当初より大学開放という文脈で多様な学生の受け入れに試行錯誤してきた経緯がある(開学の条件でもあった)。その中心的役割を担ったのが白石教授だ。

2002年度からは、社会人学生を想定し標準修業年限を超えて一定期間にわたり計画的に履修して学位を取得できる「長期履修制度」を導入した。この制度により学びに来る社会人は、基本的に一般学生と一緒に受講するが、ゼミは夜間や土曜日に行う。勤務の都合で出席できない科目は放送大学の互換科目により履修可能で、時間外補講の開講、他大学で修得した単位の活用、夜間公開授業(一般市民も受講可)の実施など、社会人学生の受け入れのために試行錯誤を重ねた。応募状況は、第1期、第2期生が各25名、第3期以降は毎年10名程度であった。「こうした取り組みは他大学でも様々に実施されていますが、その目的は社会人のニーズに合わせた授業の開講でした。本学が目指したのは、一般学生と社会人学生がともに受講できる授業と仕組みです」と白石教授。宇部市の委託により実施したシルバーカレッジ事業では、60歳以上の高齢者と一般学生との合同による授業受講と専門ゼミから構成した。

全国の大学で社会人学生の受け入れは課題として認識されるが、ここまで真摯に取り組んできた大学はそうはあるまい。一方、具体的な問題点も浮かび上がってきた。例えば、長期履修制度は10年間という長期制度のため、途中でカリキュラムが時代に合わなくなったり、担当する教員が辞めてしまうといったことが起きた。また、休学・復学の申請など事務手続きが煩雑化した。更に、社会人入学生のモラル低下、例えば、学割を使いたい、消費者金融に借金するための身分証明として学生証を入手したいといったものがあった。入学希望者は年々減少し、事務的負担が増加してきたこともあり、長期履修制度は2016年度で受け入れ停止となった。

しかし、こうした取り組みを経て、2012年度に新設された教養履修制度を2016年度より本格実施する。「この制度は、30歳以上の社会人を対象とした本学独自のプログラムです。社会人のゼミや研究指導が中心で、一般教養をはじめ一般学生が受講する科目を受講して、4~8年で126単位を修得、大学卒業を目指します」と白石教授は解説する。すでに大学等を卒業している場合は、最大60単位まで認められる場合がある。まずは人間社会学部福祉心理学科から始め、履修者は「認定心理士」の申請資格を取得することも可能だという。学費は放送大学と同額程度に抑え負担を減らした。説明会には3、40名が参加し好感触も得ている。「本学の心理学大学院に進みたいというニーズがかなりあります。大卒、短大卒で育児を終えて再就職を目指されている専業主婦の方の学習意欲は高いです」。(この経緯は「大学はコミュニティの知の拠点となれるか」(ミネルヴァ書房)に詳しい)

「多様な人々の受け入れ」というのは簡単だが、コストがかかる。夜間にも開けばその分人件費もかかる。しかし、こうした課題に一つずつ丁寧に向き合わなければ生涯学習社会など実現できるわけもない。この先進的な制度の成功を心から期待したい。

●開設3年目を迎えた地域連携センタ

現在の大学の地域連携は、相原学長が開設した地域連携センターを中心に行われている。同センターでは、学外からの講師の紹介・派遣の依頼への対応、委託事業や共同研究の管理、地域に関する学内研究助成の運営、また学生たちへのボランティア養成のマッチング等にあたる。センター長を務める伊藤教授は行政の様々な役務を務め、また、個人としても中間支援組織である「NPO法人うべネットワーク」の理事長として宇部市民活動センターを運営するなど市民によるまちづくりを後押しする。このため、センターには行政職員からの相談も多く、それらへ対応することが大学の存在価値を高めている。大学が組織で地域に対応する土壌を整えようとしている。その先に教員と市役所職員との信頼関係の構築があり、大学は「地域と共にある大学」へと育っていく。「行政職員からは、「大学があってよかった」との声をきくようになりました」と伊藤センター長。久保田市長も、大学の持つ専門性をよく理解し、相原学長に政策の相談を持ち掛けることもある。

山口という地域は行政が強いと言う。国政動向への感度も高く、国策として掲げられた政策を即急に県政に落とし込む。宇部市も同様で行政の取り組みは充実している。しかしその分、市民は行政に対して受け身にもなりやすい。大学は、県や市からは先述のように委託事業などを受けつつ、行政とまちづくりについて意見交換をしながら、市民とは「うべネットワーク」を通じてまちづくりを盛り上げ、行政と繋げる役割を演じている。いわば街の調整役で、行政には行政、市民には市民に応じた両面での地域連携を進めている。「理想は行政の役割が相対的に減っていき、市民自らが考え行動していくことです。最近では行政の予算が縮小されている一方で、様々な施策が国から降りてきます。行政がやりきれないことを、まずは大学が市民と行っていければ」と伊藤センター長は話す。

また、10万人規模の市が県内に点在しているので、市同士の連携は取りづらい。市内には理系の高等教育機関が並ぶが、この大学は唯一の人文系として存在している。今後、このポジションをいかに保ちながら連携するかが重要になってくる。「行政間の連携についても大学がとりもっていければ」と展望を語る。

このような中で、一つ、地域で成功している市民の取り組みがある。

●生きがいとなった音楽祭

藤山ゆめ音楽祭は、2011年から開始し、7回目となる。年々参加者・来場者が増加し、現在は1000人を超える大イベントとなっている。伊藤センター長が経緯を語る。「この音楽祭は、地域の方々が短大部の学園祭を盛り上げることも視野に入れて企画してくださったものでした。短大部では、地域からの要望に応じて、地域の高齢者約50名が所属する合唱団「藤山ドリームコーラス」が、短大部キャンパスを練習会場として短大部の教員から指導を受けています。このコーラスグループの活動を中心として、地域で老若男女が集う音楽のイベントをしたいというのが企画のはじまりでした。そのイベントに学園として、メイン会場の提供や高齢者中心の実行委員会の支援、また学園内の幼・中・高・短大・大の各学校がそれぞれ参加するといった形で後押ししてきました。いまや地域の保育園・幼稚園から大学、社会人サークルといった幅広い年齢層が発表する大きな恒例イベントとなり、地域の方々はもとより久保田市長や国・県・市の議員さんたちまでが顔を出されるようになりました」。現在は、市の方も地域づくりのモデル事例として注目する一大イベントとなり、会場は公立学校の施設に移っている。

一人の市民にとって、年に一度の発表の場があるというのは、生きがいにもつながる。高齢者が自発的にリタイアメントコミュニティを形成し、自分ができることを出しあって生き生きと交流する。具体的な目標は学習に繋がる。これこそが生涯学習であり、そこに大学が関わる余地がある。皆から注目される中で何かを成し遂げるのは自信に繋がるし、高齢者にとって前向きに生きる力にもつながる。地域にとって非常に重要な、しかし、大学らしい取り組みと言えるだろう。「地域が活性化した状態とは、このように市民が充実した生活を送っている状態ではないかと思います」と白石教授は述べる。

偶然から生まれたチャンスを大学として確実に受け止め、すぐに答える仕組みは非常に重要である。相原学長は教員の地域貢献についてこう述べる。「自分の専門にしか関心のない教員は、大学の地域連携のリーダーにはなりえません。何より地域の側が信頼をしてくれません。地域の様々な関係者たちからお願いを受けつつ、また、お願いをしつつの関係であるには、自分の専門性に加えて、街をどうしていくべきか、どうしていきたいかの見通しを持つことが必要であり、これはひょっとすると誰でもできるものではないのかもしれません」。

短大時代の取り組みが第1期と考えると、宇部フロンティア大学の第2期地域連携は始まったばかりである。