特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<17>豊橋創造大学
地域ニーズに応え洗練されたPBL
複数大学と行政区分を超えた地域の連携
愛知県の東に位置する豊橋市は東三河地区の中核都市である。東海道三四番目の宿場「吉田宿」として古くから交通の要衝であった。産業は、農・商・工のバランスが取れており、全国トップクラスの農業産出額を誇る一方、東海という自動車の一大産業を下支える一角でもある。明治には日本有数の製糸・養蚕の町として栄えた。1902年に設立された豊橋裁縫女学校は、当時男子に比べて整備が遅れていたこの地域の女子教育の担い手となった。この学校が現在の豊橋創造大学(経営学部、保険医療学部、短期大学部)の淵源である。同大学の地域連携について、伊藤晴康学長、村松史子地域貢献センター長・准教授、立岩政幸事務局長に聞いた。
●地域の期待から生まれた大学
東三河地域には、女子高等教育機関が少なかったことから、地域の要請により1983年に短期大学が設立された。当時の青木 茂市長を会長に、高校校長会、商工会議所、地元住民たちが、豊橋短期大学期成同盟会を組織。働きかけがみのり、幼児教育科と秘書科の2学科の短期大学が認可され、豊橋地域の悲願がかなった。
さらに、大きな潮流となっていたインターネットやデジタル化に対応すべく、やはり地元の要請により1996年に経営情報学部単科の大学が開学。豊橋医療センター附属看護学校の廃止を背景に、看護師育成を願う地域の要請に基づき、2009年には看護学科が新設された。この大学・短大は地元の大きな期待によって、いわば公私協力方式で誕生している。
地域ニーズに即した人材育成にとどまらず、大学の地域連携事業が盛んになり始めたのは、2011年に経営情報学部がProject Based Learning(PBL)「SOZOプロジェクト」をカリキュラムに組み込んでからである。「当時、佐藤勝尚学部長と三好哲也学科長の提案で、3年次から始まるゼミナール(必修科目)にPBLを導入しました。担当教員たちは地域の様々なセクターを連携先として求め、PBLが定着しました」と伊藤学長。2016年度までに延べ55プロジェクトが実施されている。ここでは3つのプロジェクトを紹介する。
まず1つ目が、「SOZO SOCKS STATION」である。これは豊橋駅前商店街の空き店舗を「靴下ショップ」として、ゼミ生が授業等で修得した経営知識を生かして実際に運営するもので、2014年からスタートした。靴下提供は、名古屋で靴下会社として創業した株式会社ナイガイ。「本学職員に伝手があり、連携が実現しました」と立岩事務局長は経緯を説明する。今年度は、過去の活動成果の検証等を通じた店舗運営の改善に力を入れ、前年度の月間売上及び1日当たりの平均売上金額を上回わることができた。
2つ目が、「のんほいパーク盛り上げ隊!」である。のんほいパークは、市内の「豊橋総合動植物公園」の愛称。市の来場者数目標を達成するべく、また、動物園側からの要望である「若者向けの広報」を実現するため、2012年に立ち上がった。学生たちは動物の様子を撮影し、ツイッターやフェイスブック等SNSで発信するほか、全国の動物園におけるSNS利用状況調査なども行っている。夏のイベントの企画・運営や写真コンテストも主催し、動物園を盛り上げている。「この取り組みが始まり、動物園の来場者数は増加していると思います」と村松センター長。
3つ目が、短期大学部の取り組みで、「柿プロジェクト」である。東三河を代表とする「次郎柿」(生産量は豊橋市が日本一)に焦点を当て、地元JAや農家と連携して地域の祭りで販売するなど、次郎柿の知名度をより向上させ、販売促進に努めている。
いわゆる、地域課題発見型のPBLで、これらの取り組みが始まってから学生たちのプレゼンテーション能力が向上した。「キャンパスで主体的に学習する姿も多く見られるようになりました」と伊藤学長。
●市と3つの大学
豊橋市には3つの大学が立地している。豊橋創造大学、国立の豊橋技術科学大学、そして、私立の愛知大学(文学部・地域政策学部)である。これら3大学は専門分野も学生層も異なっているため競合しない。よって大学間で連携が密であり、市役所を核とした会合が開かれる。「3大学連合で駅前商店街の空き店舗対策として、(SOZOSOCKS STATIONとは別に)市からの助成を受けて「サマーカレッジチャレンジショップ」という取り組みを行っています。これは期間限定でショップを運営するもので、2017年で16回目を迎えました」と村松センター長は解説する。3大学の教員と学生の有志による豊橋3大学連携まちづくり委員会は、これまでに「豊橋3大学学生まちづくりハッカソン」を開催し共同でまちづくり政策の提案を行うなど、学生間の交流も盛んである。3つの大学は、豊橋において一体的に動いている。
2006年、3大学と豊橋市は、「地域連絡協議会」を開催し、地域の活性のために連携の強化を図った。市とは防災危機管理課、人事課、情報企画課、地方創生推進室、多文化共生・国際課、長寿介護課、こども未来政策課、生活福祉課、健康増進課、産業政策課...など複数の部署とコミュニケーションが取れており、大学単体、あるいは、3大学と市の連携事業は年間50を超える。
なかでも、「トヨハシ・ライフロング・ムーブメント(トラム)」は、市が主催する生涯学習講座であり、3大学が協力して各専門分野の講座を共催する。豊橋創造大学保健医療学部では、高齢者向けのセミナーを多数開催しているが、高齢者を中心にこの講座の人気は高くリピーターも多いという。
大学と市の関係はどうだろうか。
前述の通り、市の様々な部局と連携事業を行っており信頼関係は深い。この中心にいるのが村松センター長である。「村松センター長は地域の相談役的な立ち回りで、市の職員からは様々な相談が持ち掛けられます」と立岩事務局長。
村松センター長は学校教師から一転、会社を立ち上げ女性起業家になった。その後、大学に招聘され、2007年から専任教員とともに地域貢献センター室長に就任した異色の経歴の持ち主だ。とにかくフットワークが軽く、困っている人は放っておけない。学生からは"グランマ"と慕われ、自治体のみならず大学教職員からも公私に相談を受ける。村松センター長は持ち込まれる相談を断らない。まずは相談を受けてみて、できそうな関係者にその場で連絡を取って仕事を振ってしまう。いわば、まちの調整役。市の職員たちも、「あの村松先生から頼まれたなら」と断らない(断れない)。地域の網の目のような人と人との関係を上手に交通整理しながら大学と地域を繋げているのが、村松センター長なのである。
●東三河と三遠南信
豊橋市は愛知県の基礎自治体であるものの、歴史的に「東三河(国)」の所属意識が強く、実際、数年前から豊橋市、豊川市、蒲郡市、新城市、田原市、設楽町、東栄町、豊根村は、5市2町1村で「東三河広域連合」を形成している。これら自治体にある商工会議所も同様に連合を形成し、若者の域内の就職支援等を行う。更に、この東三河と遠州(浜松から大井川)・南信(飯田市を中心とした長野県南部)を合わせて「三遠南信」と呼び、やはり古くから県境をまたいだ経済圏・文化圏を形成しているのである。
1996年には、「界を超えて」をキャッチコピーとした「三遠南信地域連携ビジョン推進会議(SENA)」が発足し、従来の都道府県には当てはまらない取り組みを幅広く展開している。こうした動きに、豊橋創造大学を始めとした域内の15大学・短大も協力している。
つまり、必ずしも今ある行政区分によって大学の連携先が決まるのではない。「愛知県」は名古屋に関する話題が多いし、豊橋の大学は三遠南信での取り組みが多い。「東三河の8つの自治体間は密に連携しており縦割りは感じません。例えば、東三河広域連合として介護保険を効率的・一体的に扱うべく取り組みを進めているようです。これには本学の看護学科の教員も参画しています」と立岩事務局長は説明する。
つまり、必ずしも今ある行政区分によって大学の連携先が決まるのではない。「愛知県」は名古屋に関する話題が多いし、豊橋の大学は三遠南信での取り組みが多い。「東三河の8つの自治体間は密に連携しており縦割りは感じません。例えば、東三河広域連合として介護保険を効率的・一体的に扱うべく取り組みを進めているようです。これには本学の看護学科の教員も参画しています」と立岩事務局長は説明する。
この連携協議会を運営するのは株式会社サイエンスクリエイト。同社は、県・豊橋市・民間企業等の出資により1990年に設立された第3セクター会社で、当初は豊橋技術科学大学と企業を繋ぐリエゾン機能のみを目的としていたが、現在は、このユニークな広域連合の主体を結びつけ、事業運営の音頭取りを実質的に担っている。取締役会長は、歴代の豊橋市長が務め、この参与に伊藤学長も就任している。
●地域のニーズを結集
地域住民のニーズをいかに集めるか。この点に注目して2016年度から地域住民との意見交換会を開催している。近隣住民14名に出席してもらい、大学に対する率直な意見をもらった。例えば、「近くに住んでいても、中に入る事はないので、今回はじめて学部学科を知る事が出来た」「大学内にこんな施設があったのか」などなど...。自治体や地元経済界との連携が進んでいても、地元住民への認知度向上は進んでいなかったともいえる。
これは、この大学特有の問題ではない。大学の地域での取り組みを検討するとき、その地域で「働く層(自治体や産業界、ボランティアも含めたNPO・市民活動)」への働きかけと、「暮らす層(高齢者や子どもなど住民)」への働きかけは、分けて考えるべきかもしれない。
同大学のように、前者との地域連携が進んでいても、必ずしも後者への認知度に結びつくわけではない。地域住民との意見交換はその意味でも重要である。加えて、より多くの「暮らす層」をアクティブにして、「働く層」として地域を活性化させるような働きかけも必要であろう。より多くの「働く層」こそが地域を支える主体となる。それは、今後の高齢社会で重要な大学の地域活動になる。伊藤学長が意見交換会を終えて、「まず人的つながりができた。地元のニーズ発掘に繋げたい(東愛知新聞、2016年9月29日付)」と述べるように、同大学の住民との協働は緒に就いたばかりである。
経営学部教員は15名程度、地域貢献といってもできることには限りがある。その中で、地域ニーズにより応えられるプロジェクトを選択し、洗練されたものが継続しているともいえる。「派手なことをする割には中身がないなどと批判されないように、一歩一歩、実のある取り組みを着実に実行していかなければなりません」と伊藤学長。学校設立115年という信頼、三遠南信という外部の豊富なリソースを大学と組み合わせつつ、着実に地域への貢献に結びつける努力を行い続けてきたのが豊橋創造大学なのである。