特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<70>朝日大学
学長リーダーシップで組織的取り組みに
大学の知的資源を地域に還元
岐阜県は、県北部にそびえる飛騨山地と県南部へと流れる木曽三川にちなみ「飛山濃水」と呼ばれる。また、北西部には世界遺産である白川郷、中央部には織田信長が天下統一の拠点とした岐阜城(金華山)など見どころも多い。産業は航空産業や自動車産業、陶磁器などの製造業が盛んである。戦後、主力産業だった繊維、アパレル業は下火になりつつある。人口は減少傾向で、超巨大都市・名古屋への人材流出が続く。朝日大学(大友克之学長、法学部、経営学部、保健医療学部、歯学部)は、岐阜県瑞穂市に立地する唯一の大学で、人口流出のダムとしての役割を果たす。大友学長に地域連携の取り組みを聞いた。
○地域の要望に基づいた学部学科
朝日大学は、国内において歯科医師養成が急がれた1971年に岐阜歯科大学として創設された。その後、商業が盛んだった土地柄において経営学系の高等教育機関がなかったことから、1985年に経営学部を、1987年には公務員志望者に対する需要を満たすべく法学部を設置。2014年には朝日大学病院はじめとする県内医療機関の看護師不足を受けて保健医療学部看護学科を、2017年にはスポーツ選手の育成と指導者の養成を目指し、同学部に健康スポーツ科学科を設置した。
特に岐阜県のスポーツ分野におけるこの大学の貢献には目を見張る。岐阜県はスポーツ大国で、なかでもフェンシングやホッケーが強い。1965年、2012年の2度の国体開催時にそれぞれ総合優勝している。大友学長(当時は教員)は、地元出身選手として五輪や国体、各種全国大会等で実績を残した指導者を朝日大学へ招聘し、2002年に学長直属の「体育会」を設置し、初代体育会会長として運営を牽引した。県内外から見て魅力ある指導者、専用の練習場、修学とスポーツ活動を支援する奨学金制度の3点に傾注したサポートを行った。「これが2012年のぎふ清流国体の優勝に結びついたと自負しています」と大友学長は胸を張る。
このように、各学部学科は地域の要望によって生まれ、また、地域貢献を行ってきた。しかし当時は、各学部バラバラの取り組みで、現在ほどの発信力もなかった。
地域連携活動を含む大学改革自体が急速に進んだのは、2008年に大友が学長に就任してから。「トップの発信力が重要と思い、学長就任後は産官学金と各方面に挨拶をして回りました。岐阜県内の高校全てにも訪問しました」。徐々に大友学長の名と共に、大学名が岐阜県内に浸透し、各セクターとの連携活動が生まれ始めた。
○県の諸活動を支える
いくつか取り組みを紹介しよう。
1つが、総合型地域スポーツクラブ「公益社団法人ぎふ瑞穂スポーツガーデン」の学内設置である。岐阜県から強化指定を受けた種目の競技力向上にむけ、大学体育会の指導者・学生と協働し、地域のジュニアからトップアスリートまで競技者や指導者の育成を行う。県は「トップアスリート拠点倶楽部活動費交付金」を拠出するとともに、県内企業がオフィシャルパートナーとして財政面から支援する。「クラブの事務局は大学内にあります。クラブ所属の強化選手たちは、五輪を目指す一方、大学の施設を使ってスポーツ教室を開催し、ジュニアの指導にあたります。ここに籍を置いて、リオ五輪で見事、金メダルを獲得したのが金藤理絵さん(女子200m・平)です」。大友学長は岐阜県体育協会の副会長を務めており、県・大学・社団法人が3者で県スポーツを支えているといえる。
2つが、公認会計士の育成である。「これまでは公認会計士を目指すなら東京の有名大学に進学していたのですが、リーマンショック以降は高校生の地元志向が強くなり、岐阜の高等教育機関で公認会計士を!という機運が高まりました」。大友学長は就任後より、簿記教育で実績のある県立岐阜商業高等学校の学校評議員を務め、高校現場のニーズを聴ける立場にあった。「そこで朝日大学体育会に2012年、『会計研究部』という部活を新たに作りました」。会計研究部では、部員に専用学習室が与えられ、現役公認会計士をコーチとして常駐させ、学生指導に当たる。また、公認会計士試験指導の第一人者であり、中央大学経理研究所の小島一富士先生(朝日大学客員教授)には、毎週末に直接指導してもらう。「地域社会に貢献し、会計の学習を通じて困難を乗り越える力を身に付けてもらえれば。『学生の一所懸命』を支援するのは、体育系も文化系も変わらない」と大友学長。創部から満8年で、すでに計38人の公認会計士試験合格者を輩出。部員は現在60人超。朝から晩まで答案練習を行う。先輩後輩に関わらず、試験合格者が他の部員の指導に入る。
また、岐阜県立高等学校商業校長会と連携協定を結び、高校と大学の7年間で公認会計士試験に挑戦して合格を目指す教育システムを構築している。「地元の商業高校では、約500人に指導しています。高校の5・6限目に、本学より公認会計士を派遣して学びをサポートしています。会計研究部の学生も、高校生に教えることで常に新しい発見があるようです」。進学するなら朝日大学に、という流れもできてきた。さらに、大学内で中学生を対象とした日商簿記3級の基礎講座を開き、商業高校への進学に繋げる、という中高連携の支援もしている。
3つが、地域医療の経営を担う人材育成を目的として社会人を対象とした医療経営士の養成である。医療経営士とは、「医療機関をマネジメントする上で必要な医療および経営に関する知識と、経営課題を解決する能力を有し、実践的な経営能力を備えた人材(日本医療経営実践協会のウェブサイト)」、つまり、病院経営をサポートする病院職員の育成である。しかし我が国では、病院経営を体系的に学ぶ機会があまりないという。この大学は、県内医療法人を顧客に持つ大垣共立銀行と連携し、病院経営の論理や日本全体の医療を俯瞰するプログラムを提供。1年間に20近くの必修科目を用意し、受講者は医療経営士3級資格試験合格を目指す。第1期は27人が修了した。
「日本には、病院経営を学ぶ環境が脆弱」大友は、医師として国立医療・病院管理研究所で学んだ経験から、病院事務職の学び直しの必要性を実感していた。「私どもの附属病院も活用して教育します。主に20~40代の管理職が受講し、岐阜の医療はどうあるべきか議論します。本プログラムは、文部科学省『職業実践力育成プログラム(BP)』の履修証明プログラムになっています」。将来的には、大学院医療管理学の研究課程として提供することも検討されている。
このほか、地元瑞穂市役所や、瑞穂市を管轄する岐阜県北方警察署とは、官学連携で防犯ボランティアの取り組みに加えて、岐阜県警察本部から「警察学」という法学部の正課授業科目でリレー方式による講師を派遣してもらうなどの連携を展開している。また岐阜県弁護士会とは、学術交流協定に基づき中学生向けのジュニアロースクールの開講、法教育作文コンクールの開催などを行っている。岐阜市や各務原市の教育委員会との連携協定では、特別支援学校における運動会やスポーツイベントに学生が協力する。
いわば、大友学長をトップとしたこの大学は、岐阜県におけるシンクタンクであり、国内外の最新の情報をいち早く岐阜に取り入れていることで地域に貢献しているとも言える。
産学連携活動は、特に岐阜県の代表的企業であるセイノーホールディングス株式会社(西濃運輸株式会社など)と盛んである。2013年から物流関係の寄付講座が提供され、学生はこの講座で学んだことを現場に活かすインターンシップを行い、実施後に同社役員の前でプレゼンテーションする。関連会社の株式会社セイノー商事とは、学生と協働してお中元やお歳暮の商品開発事業を展開している。また、濃飛倉庫運輸株式会社とは、貿易に関する唯一の国家資格「通関士」の養成講座を提供してもらったり、拡張現実(AR)を用いた輸入家具購入支援アプリの開発を行ったり、ベトナム等での国際物流倉庫の見学や研修を行っている。岐阜県商工会連合会とは、「みずほ創業塾」を開講し、主に中小企業における二代目、三代目の事業継承問題をテーマに勉強会を開く。「産学連携活動は、win-winになるように心がけています。何のために地域に高等教育機関があるのか、その役割が何かを絶えず考えています」。
○秋の公開講座
もっとも特筆すべき地域社会への貢献活動は、「秋の公開講座」であろう。これは大学の発信力を高める目的で1987年にスタートしたが、大友学長が就任してから学長が企画から講師の人選・招聘までをすべて行っている。これまでの講師(それぞれ当時)を挙げると、岡本道雄氏(元京都大学総長)、手塚眞氏(手塚治虫氏の長男、映画監督)、小島順彦氏(三菱商事取締役会長)、吉川敏一氏(京都府立医科大学長)、天野篤氏(順天堂大学教授)、古賀信行氏(野村證券取締役会長)張富士夫氏(日本体育協会長)、高井昌史氏(紀伊国屋書店代表取締役会長兼社長)、デービッドアトキンソン氏(小西美術工藝社代表取締役社長)、姜尚中氏(熊本県立劇場館長)、本郷和人氏(東京大学史料編纂所教授)などなど...
大友学長は全国各地を飛び回り、その場でアンテナを張り巡らせて人脈を拡大する。また、渋谷区代々木にある東京事務所を拠点とし、週に一度は東京と岐阜を往復し日本の最新情報を得て、日本全国を俯瞰しつつ岐阜にどのように還元し、この地域の活性に役に立つかを常に考えている。また、各地の人脈を岐阜に紹介し、然るべきセクターと繋ぐ。人脈が人脈を繋ぎ、大友学長を中心とした人的ネットワークが構築されている。これには、地元自治体の首長も例外ではなく、携帯電話一つで相談し、相談される仲である。統一地方選挙の開票速報番組では解説役を、地元のTVニュースではコメンテーターを務める。逆に、自治体をテーマにした公開講座では、近隣4市の首長を登壇させる。県内の公民館や病院等の公開講座等への講師派遣も行う。いわば、大友学長は岐阜県のブレーンであるともいえる。「私の趣味は旅であり常に情報収集をしています。YouTubeの講演を聞いていても、面白いと思ったらすぐに連絡を取り、講師として岐阜にお越しいただきます。内容によっては、地元高校の先生に参加してもらったり、地元産業界の社長に聞いてもらったり。評判が良ければ、客員教員になっていただき、その後も岐阜に関わって頂きます」。重要なのは、岐阜が好き、あるいは岐阜には縁がなかったけど、面白いから関わってみたいという人物だという。
学生も参加・議論させて、彼らの価値観を揺さぶっていく。「岐阜のこともよく知ってもらいたい。例えば、治水の歴史について。実際にバスで徳山ダムや長良川河口堰の現場に行って、国土交通省の担当者に説明をしてもらいます。そこで、ダム設置の理由、あるいは、その後の検証について学生に議論させる。村民を移住させるくらいダムは必要だったか?河口堰反対の議論は何だったのか?」。
まさに、この「巻き込み力」こそが、大友学長の強みとも言えよう。「大学は地域のクロスポイントで、様々な人が交差し合う場であると思います。ダイバーシティを作っていくのがその役割です。『これだったら面白くない、それならこれではどうか』と岐阜の活性化に繋がるメニューを次々に用意します」。こうしたネットワークはもちろん大学にも還元する。協力関係、信頼関係が結べた組織とは、組織としての協定を締結し、インターンシップや寄附講座等にも繋げ、教職員・学生に還元する。
最終的には、それらは地域での存在感の強さに繋がり、「今、岐阜県内でもっとも勢いがある大学と言われたこともあります」と述べる。「大学が『自分たちは凄い』と自己評価しても地域の方には響きません。利害関係人を含む他者に大学を評価してもらう。それを教職員にも共有してもらい、至らない点は率直に反省して一丸となって改善する。評価は常に他者がするもの。この反復繰り返しがないと」。
協定を結んだ組織とは年に一度、連携協議会を開いて一年間の事業達成度を評価し、次年度の事業に繋げる。「連携事業がなければ、協定解消も考えられます。名ばかり協定にはしません」と大友学長はきっぱりと述べる。
○信頼関係を築く
地理的には、県の中心は超大都市・名古屋から電車で30分程度の距離にある。毎年3000人程度の若者が県外に流出している。「全ての若者が大都市に行かなくてもよいはずです。地方の大学は、地域の若者のニーズに最大限応えて、人材を留めておくダムとしての役割を果たすべきです」。また、地方創生についてはこうも述べる。「ここ10年程で、地方がどんどん弱ってきていると感じます。若者に地域格差を感じさせないよう、何をしなければならないかを常に考えています」。当然、岐阜県内の各自治体にも大きな危機感はある。だからこそ、この大学に様々な資源を求めてくる。お互いが胸襟を開いて話せる関係を築くことが何よりも大事だ、と大友学長は語る。地域連携の取り組みは全てウェブサイト等に公表し、地域メディアでも発信してもらい、客観的に評価してもらう。
建学の精神は「社会性、創造性、人間的知性の涵養」。まさに朝日大学は大友学長による"建学の精神の具現化"により人的ネットワークを広げ、地域活性政策を立案・実践して、岐阜に貢献しているのである。