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<69>鳥取看護大学
自治体と強力に連携・協働
県全域に展開する「まちの保健室」

○大学設立の経緯

 鳥取県中部には、長らく高等教育機関が存在しなかった。そのため、1971年に開学した鳥取女子短期大学(当時)への地域の期待は大きかったという。「英語科、家政科、幼児教育科等、地域ニーズに応えた構成でした。当時から地場の食材、山間地域の再生、山陰の方言の研究のほか、地域に根差した活動は学科単位で行っていました」と山根室長は振り返る。
 一方、鳥取県看護連盟等は、慢性的な看護師不足を背景に、1990年代から県内自治体に看護大学の設置を要望していた。公立大学の構想が何度も検討されていたが、手を挙げる自治体がなかった。そこで学校法人藤田学院に白羽の矢が立った。
 倉吉地域では、大学開学に向け5万人の署名が集まった。日本海新聞は何度も社説で取り上げるなど応援姿勢で、駅前には大学設置を訴えるのぼり旗(倉吉信用金庫が設置)や『看護大学誘致実現 中部はひとつ!』と書かれた懸垂幕(県経済同友会中部地区が設置)がかかった。倉吉商工会議所会頭(当時)の谷岡忠範氏は、開学を後押しするシンポジウムで、「経済波及効果は年約10億1千万円と試算し、「看護大は中部の財産であり、宝の学園」と県中部の活性化に不可欠であることを強調(日本海新聞2013年9月1日付)」した。そして、開学費用の半額を県と中部の倉吉市と4町で、残り半額を藤田学院が拠出して、2015年に鳥取看護大学が開学した。
 1994年からは倉吉商工会議所を事務局とした「鳥取短期大学と地域の発展を推進する会(2015年から鳥取看護大学が加わる)」が発足。現在は、350事業所・団体、232個人がサポーターとなり、学生募集や研究助成、就職活動の支援等を行っている。倉吉駅周辺の商工業者でつくる上井商工連盟は、学生支援が事業の柱である。倉吉駅前通りでの「倉吉ばえん祭」は、短大・大学の学園祭と連携して行われる。このように、地元自治体、経済団体などのセクターが大学に大きな期待を寄せている様子が分かる。

 ○まちの保健室

 「開学前の準備室で、大学の知名度を少しでも上げようと始めたのが、まちの保健室です」。まちの保健室(まち保)は、1990年代中盤から全国に広まった取り組みの一つで、看護師が地域に出て、健康測定や健康相談を受け、地域の健康増進に繋げるもの。近田学長と田中教授は、1995年に発生した阪神・淡路大震災の復興住宅で、まち保を展開。「この経験は、高齢化した地域でもお役に立てると考えました」と田中教授は述べる。
 そこで地域の公民館での開催を提案。市の担当者からは「あまり集まらないのではないか」との反応だったが、最終的には50人近い住民が集まった。「皆さんの健康ニーズは高く、とても喜ばれたため、開催の拡大を考えました」。高齢者が多いので、交流サロンの役割も意識した。
 評判が評判を呼び、他地区の公民館からも問い合わせがあり、わずか1年で市内全13の公民館で展開することとなった。準備室の職員を含め、少人数で始めたまち保は、今や36人全教員と一部職員、学生、師範(後述)がチームになって運営している。現在では県全域で、年間79回、のべ2500人が参加するまでに発展した。
 「私達だけでは運営しきれませんので、住民の皆さんにも協力してもらおうと考えました。そこで2017年度にスタートしたのが『まめんなかえ師範塾』です」と近田学長。これは、講習と実技を受講すると称号「まめんなかえ師範」が与えられる資格で、師範はまち保運営に協力する。「まめんなかえ」とは、倉吉の方言で「元気にしてますか」。まめんなかえ、まめんなかえ、と声を掛けあえる健康リーダーの養成を目指す。現在は高齢者中心だが、中には元看護師もいて128人が登録している。
 大学教育への活用も大きな特徴である。1年次には、まち保の参加者にインタビューし、「看護師にできること」を考えレポートにする。2年次は、教員や師範を補助する。3年次には、まち保で行う企画「ミニ講話」を立案、実行する。この講師として短大各学科教員にも協力してもらう。4年次には、地域包括ケア・小規模多機能型居宅介護などの実習先として用いる。このように学年に合わせて段階的に連携しながら、学生の成長に結び付けている。
 「学生は現場での経験から、どのような生活が健康を増進させるのかを理解し、地域の様々なセクターに関心を持つようになります」と田中教授は説明する。例えば、地域で行われているヨガ教室や料理教室などは地域の健康増進に寄与しているのではないか。逆に、学生は「地域の人たちに見守られている」との実感を持つ。だからこそ卒業後には、「地域の人たちに恩返しがしたい」と思うようになる。その効果もあって、県内就職率は8割と高水準、県内進学率は約7割で、若者の県内流入に貢献している。「受験時の面接では、7割程度の志願者からまち保の話がでてきます」と森田事務局長。
 教員も学生も地域に溶け込み、近田学長は地域住民に、「がくちょ~」と親しみを込めて呼ばれている。自治体の担当者からは「貴学はフットワークが軽いですね。敷居が低い」と言われるという。

 ○主体性を引き出す師範制度

 師範制度は地域住民たちの意識を大きく変えている。倉吉市民の気質は、必ずしも積極性が高いわけではない。しかし同制度が始まり、師範になった友人が、生き生きとまち保の手伝いをしている姿を見て、「自分にもできるのではないか...やってみたい」と思うようになる。そこで友人たちが「一緒にやろう」と背中を押す。「私にはできない」と思いつつも、気づいたら夢中になって参加している...そうやって師範は数を増やしている。「勉強がしたい」という動機で関わる住民もいる。講習は大学で受講するが、大学で学ぶという機会は「学ぶ意欲」を向上させている。「今後は、ラダー(はしご)制を導入し、ランクアップする資格制度を考えています。体脂肪、骨密度、血圧の3コースで講習・実技が通ると、マイスターの称号が与えられ、師範のランクがエキスパートになります。そうやって、継続的に学ぶ意欲を維持します」。
 田中教授は続ける。「地域の人たちが積極的に地域の健康に関わっていく。住民自らが健康チェックをして、結果を説明してほしいと言われます。病院ではできない細やかな対応ができる場になっています。師範たちが学生にあれこれ教えることで、高齢住民の「役割意識」が高まり、もっとこうしよう、ああしようと主体的に改善を行っています。地域住民の皆さんが集まる場所があり、学ぶきっかけがあることが大事なのです。まち保の存在意義はそこにもあるのです」。

 ○自治体とは強力な連携関係

 この取り組みは、県中部を構成する1市4町の首長及び鳥取県知事からも一目置かれている。県知事とは、年に1度の協議会を行い、大学からの要望・支援策について意見交換をする。倉吉市の第11次倉吉市総合計画には、「まちの保健室の普及」が明記され、「大学や地域と行政が連携して、地域の健康づくりを支援するシステムをつくる」とし、師範の育成数などの数値目標が掲げられている。
 倉吉市役所の企画課、生涯学習課とは連携意識が強い。市とは年に数回、連携会議を行い、やはりまち保を中心とした取り組みを協議する。また、市は『まめんなかえ師範塾』の参加募集ビデオを作成し、YouTubeで流すなどで支援。倉吉市長は、文部科学省のヒアリングのために一緒に上京したり、看護学部の実習先開拓に同行するなど、心強い大学応援団である。大学案内には、県知事や倉吉市長のコメントが並び、まち保にも触れる。県と市からは私学助成が予算化されている。近田学長は報告書で、まち保の強みは「県や市との強い連携・協働体制」と分析しているように、これほど自治体と一体的に取り組む地域活動は、全国的にも珍しいのではないだろうか。
 2019年には、大学・短大は、県教育委員会と連携協力に関する協定を締結し、まち保に県立高校生がボランティアで参加する高大接続や、2024年に開館予定の県立美術館の活用には、短大生が携わる。市報「くらよし」や倉吉商工会議所だより「Kurayoshi」には、大学の活動を知らせるコーナーがある。「鳥取中部ふるさと広域連合」(1市4町)の「中部ふるさと奨学金」は、毎年15人の学生に計300万円を交付する。県の奨学金は、県内就職をして5年間働くことの条件はあるが、月に6万1千円と全国でもトップレベルの金額である。
 地域との窓口は、2007年に設置された「地域交流センター」を前身とする、2017年に設置されたグローカルセンターである。その名の通り、海外研究・交流部門のほか、地域研究・教育・交流部門、自治体・産業・企業及び教育機関など連携部門、そして、「まちの保健室」研究・教育部門が設けられている。例えば、「くらよし国際交流フェスティバル」や「よなご国際交流フェスティバル」では、「グローバルまちの保健室」を行い、地域在住の外国人の健康チェックをはじめ、英語版の案内板を準備するなど、「グローカル」な取り組みにも積極的に関与している。センターには、大学・短大から計12人(兼任含む)が配置されるが、法人の規模からすればかなりのリソースを割いていると言える。
 このように、この大学の地域活動は、まち保を起点として行われている。まずは地域の人たちが自主的に集まる拠点を各地区で創ったことで、そこから文化芸術、子どもの教育、防災・防犯、栄養管理など、様々に発展することができる。この取り組みは地域のボトムアップによって広がり、浸透していく。事実、鳥取県全域にまち保はできつつある。
 「将来的には、コミュニティナースが常駐し、自発的にまち保の活動を行い、それを大学が支援すると言う形ができてくれば」と田中教授は展望する。看護大学という特徴を活かし、現役の看護師を対象とした取り組みも始まっている。教員が看護師の研究活動を指導したり、最新の医学情報を提供したり、看護大学院進学への道を開いたりした。「これまで、県東部の看護師は、兵庫県や県西部の米子の鳥取大学医学部まで行かなければなりませんでした。本学の大学院が開学したことで、県内どこからもアクセスがしやすくなりました」と山根室長は述べる。

 ○改革総合支援事業にも採択

 「私立大学等改革総合支援事業タイプ5」に選定された「とっとりプラットフォーム5+α」は、鳥取短期大学が取りまとめ校となり、県内5つの高等教育機関と県をはじめ自治体および経済・医療福祉団体で構成される組織である。例えば、インターンシップの推進、地域リスクマネジメント体制強化、子ども食堂運営への参画、共同研究事業などを行う。運営協議会は短大学長が会長となり、年4回開催している。
 山田修平理事長は、「本学は地域立、コミュニティカレッジである」と日頃から教職員に呼び掛ける。大学誕生の経緯はもちろん、試行錯誤で始まったまち保の取り組みが、大学と地域の結節点となり、大学、学生、地域にとって三方よしの形になっている。建学の精神は「地域に貢献する人材育成」。学生に限らず、地域の人々自身の地域への貢献の心を育んでいるのが、鳥取看護大学だと言えよう。