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<68>神戸常盤大学
年間2万人が利用する子育て施設
半数の職員が地域活動をコーディネート

 長田区は、兵庫県神戸市の9区の1つで中南部に位置する。神戸三大神社の一つ長田神社がある。工場、商店街、そして、住宅が混在する、下町情緒溢れる街並みが残る。主力産業はケミカルシューズで、全国最大のシェアを占める。人口減少や高齢化、地場産業の停滞などが進むが、昨今は育児支援や多文化共生社会施策を行う。神戸常盤大学(濵田道夫学長、保健科学部(医療検査学科、看護学科)、教育学部、短期大学部口腔保健学科、短期大学部看護学科通信制課程)は、この地に2008年に開学した長田区唯一の大学である。この大学の地域活動について、中村忠司理事・法人本部長、工藤達也社会連携課長、松田恭兵企画調整課・社会連携課課員に聞いた。

○起点は震災

 1995年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災。最大震度は7、死者は6402人、家屋被害は全壊約10万件で、被害のほとんどが兵庫県内であった。震源に近い神戸市市街地、特に木造家屋が多い兵庫区・長田区の被害は甚大で、火災が多く発生した。中村本部長は当時をこう振り返る。
 「本学は当時短大でした。地元被災者が避難され対応しましたが、もっと多くの方を受け入れられたのではないかとの反省があります」。2002年にまずエクステンションセンター、2009年にボランティアセンター、2013年に地域交流センターが開設された。このように、大学の地域活動の原点は、阪神・淡路大震災の経験である。
 「ボランティアセンターは、長田区社会福祉協議会と本法人が共同で設置しました。大学はもちろん、本法人の神戸常盤女子高等学校の生徒も利用します。これは全国でも珍しいと思います」。これらの取り組みには、①社会貢献、②学生の参加、③教職員の3つの柱があり、この三者が協働すると上手く回り始めるという。「なかでも職員の役割が重要になります。教員は専門性が高いですが異動も多く、ある教員を中心としたプロジェクトがあっても、異動により終了して、継続性が担保されないことがあります。地域活動はそれでは困るのです。従って、44人の職員のうち若手中心に約半数が地域交流センターの委員を兼任して地域活動をコーディネートします」と中村本部長は続ける。
 例えば、ある職員は企画調整課と社会連携課を兼任して業務を行う。地域活動は、大きく公開講座と地域活動の2つに分かれ、どちらかを数人の職員がチームで担当する。職員は地域に出ていき、地域の人たちとの会話の中から地域課題やニーズを拾いあげる。学内に持ち帰り、社会連携課の会議で共有する。各学科教員に投げかけて対応ができるか相談して、可能であれば課題解決に当たる。職員は地域の人たちとコミュニケーションを取りながら、企画を練り上げ、教員と調整し、実行していく能力を身に付けていく。また、場合によっては他部署との連携も必要となるから、結果として大学全体のことを見ながら組織に横串を通しセクショナリズムの打破にも繋がる。
 「社会連携課は、学生(教育)や専門家(研究)と社会を結びつける触媒です。ここから生まれる企画もあります。長田区の規模、本学の規模だからできるのだと思います」。中村本部長は、学内のSD研修会の中で〈全員がバラバラの顔をしているのではなく、ひとつのことを共有し、皆が同じ方向を向いて同じ気持ちで地域を支える。「個」ではなく「全体」で支えることで、途切れることのない活動が可能となった〉と説明している。地域を志向するこの大学にとって、教育・研究、あるいは、学生・地域の人たち・教職員の結節点こそが社会連携課であり、大学の中核なのである。

○ブランディング事業に採択された取り組み

 この大学の取り組みをいくつか紹介しよう。
 はじめに、子育て総合支援施設「KIT(Kids Inspire Tokinwa)」であり、この施設には次の3つの機能が備わっている。
 まず、学習支援センター「てらこや」で、体験教室と学童ラウンジが一体となったスペースである。次に子育て支援センター「ときわんクニヅカ」で、専門資格を持った子育て支援スタッフと学生が常駐して、子どもと保護者が自由に遊びながら交流できるスペースである。最後が、サテライトセンター「KOTIE(コティエ)」で、地域の人たちが自由に集い、交流できるスペースである。教育学部が主の取り組みで、教員志望の学生が子どもたちの勉強をサポートするという、いわば仮想のクラス運営を行う。加えて、保健科学部、2020年度に開設される診療放射線学科、短期大学部口腔保健学科を含めて、充実した育児支援が行える布陣である。この施設は大変盛況で、中華街のある元町の「ときわんモトロク」を合わせると、年間のべ約2万人の子ども・大人が訪れる。「新しく就任された教員に、本学の地域貢献について説明すると納得して協力していただけます」と工藤課長が述べるように、学部が実学系で構成されていることは、この大学の地域貢献活動の強みにもなっている。
 KITは、「地域子育てプラットホームの構築を通したAll-Winプラン」というテーマで、平成29年度の「私立大学研究ブランディング事業」に採択された。背景には、長田区の貧困率の高さと、母子家庭または共働きが多い状況下に置かれていることを挙げ、これに派生する子育て支援にスポットを当てている。「KITの取り組みは元々、「ふたば学舎」という施設で行っていましたが、新長田の大正筋商店街から「力を貸してくれないか」と依頼があり、現在の場所に移転しました」と松田氏は振り返る。
 「震災後、大学がもっと地域に貢献する時代が来るという予感がありました。だから、小さいけど着実に地域活動を積み上げ「地域と歩みを共にする大学」というブランドイメージを醸成してきました。大学COC事業は教育との結びつきが難しくて、残念ながら不採択になりましたが、当然、ブランディング事業は採択されました」と中村本部長は胸を張る。長田区とは2008年に包括協定を締結。「お互いに今更という感じもありましたが」と笑う。
 特に、阪神・淡路大震災が発生した1月17日は、神戸では特別な日であり、各地で追悼行事が行われる。長田区では「1. 17KOBEに灯りをinながた」等を開催。ペットボトルの灯ろうづくり、会場設営、炊き出しなどを大学生、高校生が中心に行い、この行事にはなくてはならない存在である。「卒業生も駆け付けてくれます。このイベント自体が、災害時に備えた訓練にもなっています」と工藤課長は述べる。また、震災の経験も踏まえ、全ての学生は在学中にAED(自動体外式除細動器)の講習を受けている。
 「TOKIWA健康ふれあいフェスタ」は、2010年から毎年行っている地域行事であり、キャンパス全域を利用し、ほぼ全ての教職員と学生が地域住人約1000人の健康診断を行うものである。「長田区の高齢化率は年々高まっています。特に長田区への感謝を込めて継続できることを念頭に始めました。本学が地域の大学であることを、強く感じて頂くイベントかなと思います」と松田氏は述べる。

○活動の幹を作る

 福島県等の高校から災害があった地域に学びに来る「震災学習ツーリズム」では、旅行会社からの依頼でここ数年、高校生250~300人ほどを受けいれている。「本学は、阪神・淡路大震災で被災したり、救助に当たった長田区の「語り部」の多くの皆さんと繋がっています。修学旅行時には声を掛けさせてもらい、当時の話を語り継いでいければ」と中村本部長は話す。また、併設の歯科診療所では、全ての人を対象に、低価格で歯のクリーニング等を行う。子宮頸がん予防啓発キャンペーン「LOVE49inKOBE」においては、健康チェックコーナーを出店。このキャンペーン参加で地域活動に目覚める学生は少なくないという。「基本的には依頼は全て受けますが、学生を単なる労働力のように考えているものはきっぱりとノーと言いますよ」と中村本部長。
 神戸市、特に下町である長田区はイベントや地域行事が多く、この中で学生たちはそれぞれ専門にちなんだ取り組みを行う。「企画から関わるのがボランティアの基本であり、当日に参加するだけというものは地域活動にカウントしません」と指摘する。大小全ての地域活動を合わせれば、ゆうに100プロジェクト以上にはなるという。
 更に、長田区地域は、外国人、特に韓国やベトナムからの労働者が多く、約2000人が暮らしている。「子供が病気になっても、言葉の問題から病院で上手く説明できないケースもあるようです。現在は地域のNPOと一緒に、簡易な医療機器で受診しています。小学校に進学するにあたっての手続きや準備を支援したり、地元小学校で日本語教育の支援を行っています」と工藤課長。まさに多文化共生社会を下支えする取り組みを行っている。
 重要なのはしっかりとした活動の幹を作ることだ、と中村本部長は指摘する。「地域課題をきちんと理解し、それに適切な教職員を充てていくと、彼らが自律的に取り組みを深めて、更に発展させます。いわば、適切に幹を作れば、勝手に枝が伸びて葉が出て花咲いて実になるのです」。小規模大学だから、一つひとつの活動を責任者が丁寧に見ているわけにもいかない。こうして、現場の一人ひとりがアイディアを出し合って新しい取り組みとして育てていく環境を整えることが何より必要なのだ。

○小豆島や淡路島との連携

 神戸以外だと、小豆島や淡路島と連携している。特に小豆島は、こども教育学科の教員に相談があったことから繋がり、その後小豆島町から「瀬戸内国際芸術祭」への学生参加の要請があり、全学的なボランティア活動となった。それから更に、正規科目「地域との協働B」となり、夏休みに大学生50人と高校生数人を連れていく。小豆島は高齢化が進むので、保健科学部の学生たちも住民から歓迎を受ける一方、学生は神戸での実習とは異なる地域医療実習の場となっている。淡路市とも地域包括連携協定を締結した。
 中村本部長は、この大学の地域連携活動を育ててきた中心人物でもある。当然、地域との繋がりも太い。「住民の文化や歴史があり、人と人との繋がりが強い下町、長田だからこそできる活動も多いのです」。長田区の各町内会などの会議にも呼ばれ、課題解決の依頼を持ち帰る。区役所に行けばほぼ顔みしり。現在の長田区長は、まちづくり課長時代から共に苦労した仲で、「大学COC事業」の申請には副区長が文部科学省まで一緒に行ってくれた。「大学COC事業」にしても、「私立大学研究ブランディング事業」にしても、事業の背景となる地域の貧困度などのデータは、自治体や町内会との連携がなければ全体像がつかめない。「一人で行くのではなく、必ず若手職員と一緒に行き、顔つなぎをします。地域の委員などは、若手職員等にも就いてもらいます。地域活動や大学の社会貢献について、他職員との価値観の共有が重要になります」と中村本部長は力を込める。どれだけ血が通った活動にできるかが、継続性のある活動になる決め手だという。
 前身の私立家政女学校は、地域の人たちの寄付により創立した。その意味でも、ブランディング事業で掲げる「地域と歩みを共にする大学」は、建学時の想いを言語化するものだし、取り組みを見れば、すでに十分に地域と共に地域を創っているようにも見える。神戸常盤大学は、専門家と地域を結びつける接点を職員が増やしながら、防災、人口減少、高齢化、外国人労働者...現代の都市が抱える課題に真摯に応えていると言えよう。