特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<66>鹿児島純心女子大学
地域の安全・安心に寄与
市からは多大なバックアップ
薩摩川内市は北薩地区の中心都市で、鹿児島県内で最大面積を有する。離島の甑島(こしきしま列島も薩摩川内市である。川内川が市内を流れ、肥沃な土地のために農林業が盛んだが、昨今では窯業、製紙、食品を中心とした工業も主力産業になっている。川内港臨海地域には原子力発電所と火力発電所が立地する。鹿児島純心女子大学(松下栄子学長、人間教育学部、看護栄養学部)は市の誘致を受けて創設、以来、地域との連携を重視する。島立久教員養成センター所長(教育・心理学科教授)、餅原尚子大学院心理臨床学専攻教授、山本文雄事務局長、水流芳則地域連携推進室長に聞いた。
○市の強力な支援
川内市(当時)の熱烈な歓迎で誘致・設立された経緯を簡単に説明する。
1981年、川内市長(当時)が主導し、市役所に大学誘致委員会が設置される。1994年、大学が開学したが、大学の活用・要望を議論する場として、委員会は発展的に「大学交流推進懇話会」に改組した。
この懇話会が、大学の地域活動の要となる。市長(懇話会会長)をはじめ、市議会議長(副会長)、教育委員会教育長、県北薩地域振興局総務企画部長、川内職業能力開発短期大学校長、県高等学校校長協会川薩地区理事、警察署長、商工会議所会頭、青年会議所理事長、農業協同組合代表理事組合長、医師会会長、社会福祉協議会会長、体育協会会長、文化協会会長、観光物産協会専務取締役、ホテル旅館組合長、県宅地建物取引業協会北薩支部長、市内10地区のコミュニティ協議会各会長、そして、大学からは学長など幹部ほか、学生が4人程参加する。市長のリーダーシップのもと、市を構成する組織・団体の幹部が顔を揃え大学と何ができるか、何をしてほしいか等について意見を出しあう。実施された事業の結果はここで共有される。決定事項は各自持ち帰り実現に向けて動き出す。市役所職員も同席し、事業が決まればすぐに予算の検討が始まる。
「現在は参加者を絞り、大学が懇話会を開催しますが、市からは引き続き各現場の声が聴ける貴重な場として認識してもらっています」と山本事務局長。お互いに何か課題があればすぐに連絡を取り合い、本音で話し合い、解決に道筋を立てる。こうした関係が、開学以来続いているというから驚きである。
2010年には、大学と市役所の若手や学生の意見交換の場として「かのこゆり会」を発足させ、若手から街づくりの意見を募った。2015年には包括的連携協定を締結、岩切秀雄薩摩川内市長は、「地域と大学と行政が一丸となっていきたい」と期待を述べた。
山本事務局長は語る。「市は大学が立地することを強みと認識しており、本学に全面的に協力してくれます。我々はそれに最大限応えなければ」。市は、独自に奨学金返還助成を用意するとともに市内在住学生については入学金補助を、また、外国人・交換留学生にも奨学金を支給する。「市は、学生数が減少している理由が大学にのみあるわけではないことを理解されていて、金銭的な支援を十分にして頂いています」。
○地域連携教育プロジェクト
大学には地域連携推進室があり、地域活動は市の企画政策課の仲立ちを経て行われることが多い。「本学も、市長はじめ地域の各セクターと人的に繋がってはいますが、組織の窓口をきちんとお互いに通すようにしています」と水流室長は説明する。
一方、大学教員の多くが行政・団体の専門委員などを務めているから(年間50件前後)、市がこれから何をしようと考えているのか把握し、大学の新事業は市の方向性に沿った形で行われる。まさに市と大学は一心同体。山本事務局長の次の言葉は印象的だ。「市内の皆さんは様々な面において大学を大事にしてくれました。その恩義を感じており、いつもこの地域に何ができるかを考えています。他の市町村との連携活動はまだ考えていません」。全国的に地元私立大学が冷遇されることが少なくない中で、この信頼関係は驚異的と言わざるを得ない。
こうした中で始まった取り組みは、英語サマーキャンプ、さわやか健康栄養教室、純心こども講座、薩摩せんだい駅祭り、サマーミュージックフェスティバルin薩摩川内、御田植え祭、薩摩川内はんやまつり、クリーン作戦、FMさつませんだい、など、公開講座や地域行事への参加といった、素朴だが地域のニーズにぴったりとはまったものである。ユニークなのが10年以上続く炊き出しである。健康栄養学科では、災害を想定して、地域の民家の軒先を借りて、炊き出しを行う実習がある。また、川内川総合水防演習においても炊き出しを行う。市のシティセールス課の依頼で、離島である甑島の観光開発にも協力し、外国人観光客の通訳やツアーの提案などを行う。
一方、大学と市教育委員会とは、もともと教育・心理学科との関係において人的交流が深かった。2006年に連携協力協定を締結、2011年に教育長の発案により「地域連携教育プロジェクト」がスタートした。「一義的には学校の学力向上を目的として、教育委員会と幼稚園・小学校・中学校と大学とが協働で推進する事業です。具体的には、①学校インターンシップ、②教職フィールドワーク、③こども大学、④研究授業サポート事業を行います」と島教授は説明する。
学校インターンシップは、大学1年生を対象とした5日間の体験学習(と事前・事後指導)である。毎年約70人が参加し教師の仕事を観察し、子どもと関わる。教職フィールドワークは、インターンシップの受け入れ先で、2年生が年間60時間以上、園や学校の周辺業務に従事して実践力や行動力を身に付ける。「学生は現場体験で成長します。受け入れ側の先生方は大変ではあるようですが、学生が授業に入ることでチームティーチングの機会になったり、授業に緊張感が生まれたり、何より子どもたちが喜んでくれると評価して頂いています」と島教授は述べる。一人の学生が、同じ学校で2年間続けるという継続性も、子どもたちに安心感を与えている。
このプロジェクトには、基本方針を策定する「推進会議」と、具体的な取り組みを協議する「運営委員会」の2つの会議体がある。各市教委、幼稚園・小学校・中学校のトップ、大学の3者から20人近くが参加、この場で様々な事業が決まり、各現場で説明され実行、その結果が会議で報告される。
「大学から学校に何かできないかと始まったのが、こども大学と研究授業サポート事業です。こども大学は、学校からの要請で大学教員が小・中学校で出張授業を行います。約30講座が開講され、年間のべ1000人が受講します。研究授業サポート事業は、教育・心理学科教員が学校に出向き、教材研究や授業方法について研修します。派遣数は年間5件前後になっています」と島教授は説明する。最近では第4土曜日に学生90人ほどが小中学生に勉強を教える「わくわく薩摩川内土曜塾」も行っており好評を博しているという。
地域経済団体の連合である薩摩川内市企業連携協議会とは、2016年に包括的連携協定を締結、主に市内企業への就職を促進するためのインターンシップなどを行っている。これらについても市が仲立ちになった。
地域住民とも信頼関係が構築できている。ホールや図書館、博物館など学内施設を貸し出し、地域イベントがあれば学生も参加する。逆に、台湾からの交換留学生が来ると、町内のイベントに呼んで料理を振る舞うなど、大事にしてくれる。逆に帰国した留学生を頼って台湾旅行に行こうと企画する住民たちもいる。新入生は、入学してから1泊2日で市内の名所観光をするのだが、この時には、地域のボランティアがバスに乗り案内をする。また、訪問した先では、地元小学生が解説してくれるのだという。
○「安全・安心」を大学のブランディングに
このたび、地域の課題と大学の強みを検討し、「大学のブランディング」を打ち出すこととした。山本事務局長は解説する。「これまでの本学のイメージは英語でした。ちょうど文部科学省の政策もあり、地域に貢献する新しいブランドを模索することにしました。その中心人物が餅原教授です」。餅原教授が説明を引き継ぐ。「テーマは、「安全・安心・純心(おもてなし)な街づくり―備えあれば憂いなしの創出」です。本学には、教育・心理、看護、健康栄養の3学科、そして、心のケアを行う臨床心理士・公認心理師を養成する心理臨床学の研究科があり、その全て(アカデミックな学術的機能)でこのテーマに寄与できます。水害や地震など災害の多いこの地域において、地域の防災力を高め、安全・安心に生活でき、若い人たちに住んでもらえる地域にするための貢献をします」。
災害が起これば、大学キャンパスは避難所になる。教育・心理学科は、幼稚園や小中学校はもちろん、障害児・外国人・女性への支援の在り方について取り組む。健康栄養学科は、避難生活を想定した栄養のある食事の調理実習も行われる。先述の炊き出しも、この中に位置づけられる。看護学科は、高齢者の多い地域(薩摩川内市ではゴールド集落と呼ぶ)への対応を想定した訓練を行う。
この取り組みにおける最大の強みは、餅原教授が所属する大学院心理臨床学専攻と心理臨床相談センターである。初代研究科長は、日本に心理学の分野で初めて「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を導入した研究者である久留一郎名誉教授であることから、全国的にPTSDや発達障害の治療に強みがある。九州各地の水害・災害、阪神淡路大震災や東日本大震災時にも現地で支援した。現在でも西日本全域からクライアントが訪れる。「市は、市民からの関連相談について積極的に本センターを紹介することもあり、年間のべ800件のケース、多い時では1000件を扱います」と餅原教授。センターでは年に2回、地域の専門家の資質向上のため公開講座を開催しており、心理臨床分野の地域の要になっている。学生も、東日本大震災の被災地で毎年ボランティア活動をするなど、災害支援に熱心だ。彼女らの交通費は、大学の支援はもちろん、後援会に寄付を募って一部に充てられる。
こうした背景を基に、日常的な防災意識の向上、災害が発生した際の市民の避難の支援、日常生活への復帰について、各教員それぞれが持っている専門性を繋ぎ合わせて同じベクトルに向かわせている。「災害とは一見無関係に見えても、「災害時のSNSの活用」「流言飛語の気を付け方」など工夫してテーマを出して頂いています」と餅原教授は述べる。
この事業は新しく何かを始めるのではなく、大学のコンセプトを変えて、再組織化するのである。リソースに限りある小規模大学においては、必須の戦略といえる。アジアからの留学生が、防災教育を受講すれば、留学生の母国の防災にも貢献できる。防災のブランドは、国内のみならず海外にも通用するだろう。
○いのちに向き合う
2019年には、薩摩川内市には原子力発電所があることから、長崎大学からの働きかけにより、被ばく医療科学分野の教育・研究分野の緊密な連携・協力関係を構築することを目的とした連携協定を締結した。「学内に、長崎大学大学院のサテライトキャンパスを設置しました。同大学院が福島県立医科大学大学院と共同で設置した「災害・被ばく医療科学共同専攻」を開設し、放射線の基礎知識や被爆のリスク管理などについて学びます。これも市と協議の上、決定しました」と山本事務局長は説明する。
この大学の地域共創の特徴は、市長の強力なリーダーシップにより市内各セクターを力強く巻き込みつつ、大学と連携して市を活性化させる取り組みになっていることが挙げられる。大学も恩義に感じ、専門の強みを活かしつつ出来る限り市に協力する。こうした関係がすでに25年近く続くため、それが文化風土になり相互の信頼関係が定着している。
松下学長が大学案内で、「3つの学科は、直接または間接的に人間のいのちに向き合う職業を想定している」と述べているが、その延長にこのブランディングがあると言える。鹿児島純心女子大学は、まさに「地域の生命を守る」大学であるといえよう。