特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<65>大阪電気通信大学
強みを絞った地域活動
情報教育、eスポーツ...学内資源を活用
寝屋川市は大阪府東部、淀川沿いに位置する中核市で、近年は人口約23万人で推移している。大阪、京都のベッドタウンでもある。「甘藷(かんしょ)」の栽培が盛ん。民話の「鉢かづき姫」の物語の舞台になった地域で、寝屋川が登場する。この地にキャンパスを持つ大阪電気通信大学(工学部、情報通信工学部、医療健康科学部※、総合情報学部)は、大学立地の寝屋川市を中心に強みを活かした地域活動を行う。大石利光学長、兼宗進メディアコミュニケーションセンター、中田亮生地域連携推進センター長、大村基将情報教育特任講師、岩村真吾情報サービス課長、今城まどか地域連携室長に聞いた。
※2020年4月医療福祉工学部より名称変更
2016年、大石学長が学長に就任した。「地域貢献分野での本学の強みを分析してみると、それは情報教育(後述)だと。この取り組みを力強く推進すべく、ICT社会教育センターを発足させました。センター長は私(学長)が兼任し、トップが強くコミットしているというメッセージを外部に発信しています」。
大石学長は続ける。「大学が地元地域に必要とされなかったら存在意義はありません。地元住民や行政の皆さんに「電通大があってよかった」と思ってもらえる大学になる。これまでも地域活動は行ってきましたが、更に地域に何ができるか、何が必要かを考えていこう、と教職員に呼びかけました」。
○全国に広がる情報教育の取り組み
特徴的な地域活動を3つ紹介する。
1つが、「テクノフェア」である。これは最先端の科学に触れ、モノづくりに関心を持ってもらおうと、地域の子どもたちを対象に開催する体験型イベントで、全ての教員、技術職員、大学生が総出でキャンパス全域を会場に行う。40~50のプログラムが行われ、多い年で約3000人が参加するなど、地域の一大イベントになっている。寝屋川市や地元7教育委員会からの後援もある。
「もともと数名の教員が科学体験の出張教室等を行っていました。彼らから「大学で開催すれば研究で使用する本物の機材を触らせられる」という提案があり、2008年からは大学で行うこととなりました」と中田センター長は経緯を述べる。12回目となる2019年度は、寝屋川キャンパスが大規模リニューアル中のため、地元のイオンモール四條畷と大学の間で連携協定を締結し、同施設内のホールでテクノフェアを開催した。初の学外開催ということもあり、多くの人が来場した。
2つが、情報教育である。学生や大学院生・教員等が関西を中心とした小学校や中学校の教育現場で、教員向けのプログラミング講習を行う。
兼宗センター長が開発した教育用プログラミング言語「ドリトル」は、全国で累計10万回以上ダウンロードされている。また、兼宗センター長は、コンピュータを使わずに情報科学を教える「コンピュータサイエンスアンプラグド」を日本に初めて紹介したことでも知られ、中央教育審議会はじめ多くの自治体委員を務めている。こうした経緯もあり、2018年には大阪市教育委員会、寝屋川市教育委員会、四條畷市教育委員会と、それぞれプログラミング教育で連携協定を締結、2019年には守口市教育委員会とプログラミング教育を含む学校教育の包括的な推進協定を提携し、3年ほどで取り組みが広がった。学校によってパソコン/タブレットがある/ない、インターネット接続がある/ないなど、様々な環境条件に合った教材や授業法を揃えている。「寝屋川市、四條畷市の学校には、ドリトルがインストールされたパソコンが学校に整備されます。大阪市や守口市は小学校の数が多いので、オンラインで遠隔授業や教員研修をしています」と大村講師は説明する。北海道から沖縄まで、全国から教員研修の依頼も多い。
一方、茨城県教育委員会とは、トップクラスの高校生を世界に通用するプログラマーに育成する目的から始まった「プログラミング・エキスパート育成事業」を連携して行い、日本トップランクのプログラマーを育てている。また、小学生のプログラミング大会である「GPリーグプログラミングコロシアム」では、この大学は大阪地区の幹事大学であり、地方大会会場にもなっている。
「本学は、1978年に日本で初めてパソコンを用いた対話型情報処理教育環境を構築して多人数での教育を実践しました。以来、情報教育のノウハウが40年近く蓄積しているのです。これは本学の強みです」と大石学長は力を込める。
学校の現場には情報の専門家はいても、初等中等教育におけるプログラミングの専門家は少ない。「(主に)関西で情報教育と言えば、大阪電気通信大学」という認識は、学校の現場に広がっているようである。
情報教育は自大学にも及ぶ。「全学部を情報教育で横串に展開し、本学学生であれば誰でも情報機器を用いることができるよう教育を改革しました」と大石学長。卒業生が小中学校の情報系教員になって、大学に相談に帰ってくるケースも多い。社会人向けにも、AIをテーマにセミナーを開講している。このように小学校から大学、社会人まで、あるいは、トップランクから入門まで幅広く「情報教育」に関する教育、あるいは研修を行い、そのノウハウや経験が永年、積み上がっているのである。
○eスポーツは早期から注目
3つが、eスポーツである。eスポーツは、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉である(日本eスポーツ連合ウェブサイト)。この大学では2018年度より、全学的な「esports project」を立ち上げ、2019年7月には駅前キャンパスにeスポーツ専用の常設スタジオを開設した。プロジェクトはすでに学生100人規模となり、併設高校とも連携している。各種大会で活躍できるプレイヤーを教育的観点から育成するのはもちろん、運営スタッフ、チームマネジャー、中継スタッフなど、関連する人材の育成も行う。ここには常時番組をライブ配信できる設備、100人規模でイベントが開催できるホールなどがあり、関西では有数のeスポーツ・スタジオになっている。
一方、eスポーツは高齢者の認知症防止対策としても注目しているという。「例えば、運転免許を返納した自動車好きな高齢者に、レーシングゲームをやってもらうプロジェクトを準備しています。寝屋川市もeスポーツの後押しをしてくれます」と中田センター長は説明する。
この他にも、総合情報学部デジタルゲーム学科・ゲーム&メディア学科は、京都国際マンガ・アニメフェア2018で、VTuber作品なども公開。また、東京ゲームショウでは関西の総合大学として唯一出展するなど、積極的に学生の取り組みを発信している。
その他にも、学生が寝屋川市のマスコットキャラクターのLINEスタンプを制作したり、寝屋川市のご当地ナンバープレートのデザインに学生がデザインした作品が選ばれたり、また歴史的建造物を3Dスキャナで読み込みレプリカを制作したりと、情報通信の強みを活かした取り組みが盛んである。
正課科目では「社会プロジェクト実習」があり、これは学内外の企業や行政などと連携して行われる課題解決型学習である。ここから生まれたプロジェクトに、四條畷市ゆかりの南北朝時代の武将・楠正行の生涯をたどった絵本やかるたの作製がある。「学生たちは、四條畷神社を含む正行ゆかりの地へ何度も足を運んで議論しながら、その生涯をわかりやすく伝えるため、様々な工夫を凝らしていました」と今城室長。これに絡めて、2018年3月には四條畷市・産経新聞が主催した「楠正行シンポジウム」の中で、この絵本が紹介された。正課科目以外にも、ボランティア活動や学生発のプロジェクトを単位化するなど、学生の自主的な取り組みも促している。
大石学長が「地元での取り組みを重視している」ということもあり、寝屋川市や四條畷市とは信頼関係が強い。包括連携協定は、2010年に寝屋川市、2012年に四條畷市と締結している。特に大学と寝屋川市とは年に数回、連携会議を開き、情報交換をしている。また、大石学長も寝屋川市長と、市の課題をどのように解決していくかを話し合う。寝屋川市工業会とも連携しており、この会員企業から「抱えている課題について、相談できる先生を紹介してもらえないか」という問い合わせがある。
○戦略的な地域活動を推進
この大学の地域連携の特長は大きく2つあるのではないか。
1つが、大石学長のリーダーシップである。前職は企業経営者。その後、教員となった。「大学経営は、教職員の価値観を同じ方向にむかわせることが重要です。危機感の醸成、現状分析ののち、具体的に何をすべきかの未来展望を示すのです」と明確に述べる。大学の強みを分析し、地元での取り組みを重視する方針も、こうした大局観をもとに出されている。そして、大石学長になって、大学改革の意思決定は格段に早くなった。このスピード感も、企業出身者ならではと言える。
続けて、大学の地域貢献については、こう語る。「大学から地域への一方通行の情報ではなく、地域から大学へもたらされる情報も非常に重要です。具体的には、寝屋川市長に本学の外部評価員に就任していただいていて、外部から我々が見えない部分、見えていない部分について評価、助言していただきます。同時に本学の様々な取り組みを知ってもらう。そうやって地域のキーパーソンに本学のことを認知してもらいながら、ブランドを上げていくことが重要です」。地域と大学の関係は、win-winでなければならない、とも強調する。
2つが、今後の地域ニーズと、学内のリソースがうまくかみ合った取り組みができているということである。
例えば、先述の通り、情報教育では、大学の歴史的経緯や、この分野では第一人者である兼宗センター長の存在がある。そして、eスポーツを強みとする背景としては、①マンガ原作者でゲームなどのシナリオライターであるいしぜきひでゆきゲーム&メディア学科教授と、現在、eスポーツ運営会社である株式会社PACkageを学生として起業した山口勇さん(2019年度でデジタルゲーム学科4年生)の存在、②大石学長がゲーム事業も手がけるコナミホールディングスの出身者だったこと、③動画配信に実績とノウハウを持つ学生サークル「電Chu!(大阪電気通信大学中継チーム)」の存在が挙げられる。eスポーツの競技人口は世界に1億人以上といわれており、今後急激な伸びが見込まれるが、まだ国内で本格的に取り組む大学は少ない。また、プレイヤー育成というより、イベント企画、開催、動画配信に大きな強みを持つという点で、ほぼオンリーワンの存在といえよう。
学内のリソース、また、時代の趨勢や今後社会で必要とされる分野や取り組みを見極め、これらを組み合わせて、大学としての強みとして打ち出していくことは、大学戦略として将来を正しく見据える判断なのであろう。
多くの大学が立地する大都市圏における大学の地域連携は、地元からのニーズが多様であるとはいえ、この大学のように、選択と集中で強みを絞っていくことが重要だ。強みを絞れば、高齢者向けのeスポーツのように、地域ニーズに対して世にも新しい解決法が生まれるかもしれない。「地域になくてはならない大学になってきているかと言われれば、まだまだ頑張らないといけません」と大石学長は述べる。当然、学生の成長にも結び付けなければならない。しかし、志願者がここ数年で3倍以上になったという結果は、地域での取り組みが、社会、そして、志願者から評価されている証左ともいえよう。