特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<62>新潟医療福祉大学
学生による学生のための地域活動
地域のため、世界のためを目指して
新潟市は、上越新幹線や高速道路網が整備されているほか、国際空港、国際港湾を擁する日本海側最大の拠点都市である。信濃川・阿賀野川の両大河の河口があり、広大な越後平野が広がる。阿賀野川下流域に近い新潟市北区に立地する新潟医療福祉大学(山本正治学長)は、「優れたQOLサポーターの育成」を基本理念とし、「看護・リハビリ・医療技術・健康科学(栄養、スポーツ)・福祉・医療情報」を学ぶ6学部13学科を有する総合大学で、この地域において様々な活動を展開する。丸田秋男地域・産官学連携担当副学長、渡邉敏文地域連携推進センター長、大西秀明リハビリテーション学部長、東江由起夫義肢装具自立支援学科長、西原康行健康スポーツ学科長、大竹宏地域・産官学連携課長に聞いた。
○学生も地域住民の一員
2001年の開学以来、学生と教職員が協働して地域活動に取り組んできた。「建学の理念に基づき「地域社会のニーズに応える大学」を掲げて、当初から地域に貢献する大学を目的としています」と丸田副学長は説明する。この使命のもと、各教員は地域に入り込み、文字通り"がむしゃらに"各分野で連携してきたという。2010年に現在の山本学長が就任した後、生涯学習センターと地域産官学連携推進委員会を設置、2015年にこれらを改組して現在の地域連携推進センターと産官学連携推進センターとなった。
また、開学してすぐに1期生が地域活動をしたいと声を上げた。「自分たちも地域住民の一員であるという認識のもと、地域活動を行う学生団体「レクア .コム部」を立ち上げました。現在の部員は300人弱になります」と大竹課長は述べる。高齢者や障がい児との交流活動、地元の祭りの開催協力など取り組みは多岐にわたり、こうした活動が評価され、地域の社会福祉協議会や北越銀行から表彰もされた。
いくつか大学の取り組みを挙げよう。
一つ目が、阿賀野川流域で1965年に公式確認された新潟水俣病の患者支援である。「10年近く、健康教室などで患者さんの生活に寄り添ってきました。県が新潟水俣病に関する情報発信事業を公募した際、「自分たちに力を貸してほしい」と、患者団体から連携要請があり、一緒に行うことになりました。患者さんはこれまで水俣病の症状や社会の偏見から、家族にも公表することができませんでした。2018年は学生による患者への聴き取り調査を行いました。学生たちの聴き取りを経て、終了後には「話ができて良かった。元気になれた」との声を頂きました。これは我々にとっても貴重な経験となりました。学生たちは、聴き取りを通じて「過去にこのような問題が起きたことを忘れてはいけないという想いを強くしたようです」と丸田副学長は振り返る。
2018年からは、全国初となる新潟水俣病を体系的に学ぶ教養科目を設け、語り部らを講師とした全8回の講座を通じ、被害が発生した背景や患者の症状を総合的に理解する。これらの取り組みを通じて、世界の環境問題改善にも貢献していく。
取り組みは、新潟県、阿賀野川流域市町村、関係教育委員会、学校、患者団体、報道機関などと連携した。「地域活動は大学だけでは完結しないので、都度、関係セクターとのネットワーキングやコーディネーションの力量を有する教員の存在が重要になります」と丸田副学長は指摘する。
○QOLサポートコンソーシアム
二つ目が、新潟市北区の全小中学校との連携である。放課後や土曜日に子どもたちと遊ぶ事業、学習や学校行事支援などを開学以来続けている。当初は個別に学校ごとに対応していたが、2007年度からは阿賀地区小中学校と連絡調整会議を開始。翌年からは北区全体に広げ、北区小学校長会、同中学校長会及び、北区教育支援センターが参画している。参加する子どもたちから「大学生から褒められてうれしかった」という声も聞かれる。こうした経緯から、2010年に当時は珍しい行政区(北区)との包括連携協定を締結し、取り組みが予算化された。「学校の現場から、大学生と公民館や地域コミュニティ協議会など地域の連携・協働が広がっています。これも大学生が地域住民という意識をもって活動してきた結果だと思います」と渡邉センター長。現在、年間のべ1000人を超える学生が関わっている。
三つ目が、食を通じたまちづくりである。北区は葉たばこ栽培が盛んだったが、現在は耕作放棄地になっている場所が存在する。そこで大学に依頼があり、再生利用事業としてシルクスイート(さつまいも)の栽培が始まった。2012年度からは地域の製菓店と連携して、シルクスイートを使用した商品化も進めた。
また、2018年度に五泉市と連携し、すべての健康栄養学科教員が関わり、市の特産品を使用した「五泉まるごとヘルシーガイドブック」を作成、1万8000部を配布した。「市の健康福祉課に卒業生がいまして、彼の呼びかけで事業を行いました。食の安全のみならず、健康づくりに結び付けています」と大竹課長は説明する。
四つ目が、県の介護予防である。要介護者となる要因の一つである転倒など運動不全(ロコモティブ症候群)の予防について、大学のロコモティブ症候群予防研究センターでは、2018年度から3年間、県からの委託で事業を行っている。週に1回以上、「通い場」で高齢者に向けた交流・運動を行う。理学療法士、作業療法士、管理栄養士、歯科医師など専門家10名に学生が加わりチームで当たる。今後、介護予防プログラムの開発・効果検証、そして、新潟県版のモデルやマニュアルを作成していく。
2017年には、文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」に採択された。リハビリテーション科学とスポーツ科学の融合による先端的研究拠点の構築を目指す。①障害の予防・治療法、健康増進法の開発・発展に向けたエビデンスの構築、②アスリートの育成とスポーツ傷害の予防・治療法の研究開発、③学童、高齢者、障がい者を対象にした健康増進活動・スポーツ活動の推進を目的に、「ワンパクキッズ化プロジェクト」「健康寿命延伸プロジェクト」「障がい者Sports for Allプロジェクト」の3つの事業を行う。これらを推進する「新潟QOLサポートコンソーシアム」では、事業で発生した新しい課題を研究して、その成果を再び地域に還元していくサイクルを構築する。「リハビリテーション、医療、スポーツ、福祉を揃えた総合大学であることが、本学の強みの一つです。2020年度の東京オリンピック・パラリンピックの開催を機にこれらのプロジェクトが発足し、健康スポーツ学科と、理学療法学科、義肢装具自立支援学科によるパラスポーツの取り組みは全国的に珍しいと思います。2018年度からは車いすバスケットボールに力を入れています」と東江学科長は説明する。義肢装具士が目指せる大学は全国に4校しかなく、その中でもスポーツとの組み合わせは珍しいため、パラリンピック選手がコンディション調整に来ることもある。2019年8月には、日本の大学では初となる国際義肢装具協会(ISPO)が定める最高水準の義肢装具士養成教育機関に認証されたと東江学科長は胸を張る。東京オリ・パラ終了後は、プロジェクトの成果を世界に発信することを目指す。
○南北に長い新潟県
自治体との連携は、先述の通り、新潟県や新潟市北区、五泉市とは連携協定が結ばれ、特に医療福祉分野で県下の他市町村からもオファーがある。「ロコモティブ症候群予防事業は県の委託で始まりましたが、それを聞きつけた各市町村から引き合いがあります」と大西学部長。このように自治体間の「口コミ」で取り組みが広がる。
多くの教員が務める自治体の委員会委員のつながりで活動を求められる。その中で地域住民や関係者等の生の声を聴く。それらを自治体担当者に伝え、新しい取り組みを提案することで、地域のニーズにマッチした政策に繋がる。こうしたことでも、行政は大学を頼りにしている。
いずれにしても、医療福祉という地域の最重要課題が専門領域であるこの大学は、自治体にとって魅力的な連携相手であり、地域活動を地道に継続することで、強い信頼関係が構築されていく。「自治体が縦割りになりがちなのに対して、本学は学部の垣根が低い。従って、同じ自治体内の異なる部署が本学を通じて「連携」することもあります」と渡邉センター長はいう。大学が、地域の潤滑油であり調整機関になっている。
一方、南北に長い新潟県特有の問題もある。「同じ県内とはいえ、県南の上越市や糸魚川市は遠くて、訪問するのにバスをチャーターしたり、一泊しなければならなかったりと負担が大きいこともあり、なかなか取り組みを広げることは難しいのです」と西原学科長は指摘する。そこで外部資金等を活用しながら、地域活動の継続性を担保しようと努力している。
地域活動と教育プログラムの関係では、基礎教養科目で地域貢献やボランティアへの意識づけを行い、毎週水曜日の連携基礎ゼミや「レクア .コム部」等で地域活動を行うという、正課と正課外がリンクする仕組みを構築している。また、多職種連携型の「連携総合ゼミ」は、各学科の学生がチームを組んで一つのゼミとするもので、ここでも地域課題をテーマにするゼミもある。
○プラットフォームの運営力
この大学の地域連携から学ぶべき点が三つある。
一つ目が、学科間の壁のなさである。開学時に小規模からスタートして、髙橋榮明初代学長が地域連携をとりわけ重視していた経緯があるが、「他大学の関係者からも学科間の垣根が低い、また、大学事務局との強い教職協働体制が機能していると言われます。学部教授会がなく、助手以上の全教員が参加する月に一度の合同教授会で、忌憚なく意見を言い合えるのが要因の一つです」と大西学部長は分析する。もとより実学志向の学部構成なので、地域連携活動に反対する教員はいないし、学科間連携は初代学長の方針でもあった。
二つ目が、地域プラットフォームの構築である。「地域活動はプロジェクトごとのプラットフォームの構築が重要です」と丸田副学長。「課題の性質や規模、当事者が変われば、関係するセクターや団体の組み合わせも変わりますから、それぞれに合ったプラットフォームやコンソーシアムが必要になります。これをどう管理運営するかが、地域活動成功の鍵だと考えています。地元新聞社などメディアも入れて情報発信していくことも重要です」と述べる。まさにこのプラットフォームの運営力が大学の地域連携の影響力に大きく関わってくる。
入学者は6割が県内、就職先は4割が県内。県内では県庁・市役所に150人余り、県下のほぼ全ての医療福祉施設等で卒業生が働いている。今後も、連携相手として依頼が舞い込み続けるだろう。
三つ目が、山本学長の強いリーダーシップのもとで、地域活動が進められていることである。山本学長は、「自分の住む地域で考え、実践は世界規模で行うという意味で、(Think Globally,Act Locallyを逆にした)"Think locally,Act Globally"をモットーに掲げる」と自著『マイウェイ学長の記録』(新潟日報事業社:2018年)で綴るように、新潟水俣病もパラスポーツも世界に発信すべき地域の活動である。また、昨今ではSDGsが強く意識されており、大学の各地域活動とSDGs各項目を結びつけている。大学の将来計画から事業計画、そして現場に至るまで、「地域のために、世界のために」という方針が一貫している。
新潟医療福祉大学は、地方都市新潟から世界の地域貢献活動を打ち出す大学といえよう。