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地域共創の現場 地域の力を結集する

<60>九州産業大学
地域連携にIR的視点
全学でプロジェクト型学習を推進

 福岡市は、歴史的に大陸との玄関口として商業で栄えた博多、城下町の福岡が隣接する地域である。九州最大の都市にして商業圏で、近年、人口増加率が最も高い政令都市のひとつである。産業では、歴史的に物流拠点として卸売業などが盛んだったが、昨今はICT産業の振興に力を入れる。九州産業大学(泰輔学長、国際文化学部、人間科学部、経済学部、商学部、地域共創学部、理工学部、生命科学部、建築都市工学部、芸術学部、造形短期大学部)は、福岡市東区に設置される。地域連携の取り組みについて、秋山優副学長、一ノ瀬大一学生係長、学外連携課の廣瀬亮氏に聞いた。

○すでに100近くの取り組みがあった

 1960年(昭和35年)に九州商科大学商学部商学科の単科大学として設置されて以来、学部増設に合わせ専門に応じた地域連携事業を展開してきた。この大学が組織的に地域連携に取り組む契機は3つあった。
 一つ目が、「中村産業学園中期事業計画(平成23年度~26年度)」の策定である。この中の成果領域の柱の一つ「社会連携・社会貢献の強化」については、「社会連携・社会貢献の推進」「資源・環境保全の推進」が基本目標とされた。
 二つ目が、2012年に行われた弱み強みの調査である。「この結果、地域連携活動(正課・正課外・ボランティア活動含め)は、各教員によってすでに大小100件近く行われていることが分かりました。これは大学の強みだと改めて認識しました」と秋山副学長は振り返る。地域共創学部観光学科を中心に、地域連携や産学連携に長けた実務系教員が多いことも、取り組みの拡大に寄与している。「一つの取り組みに、複数の学部が連携することがありますが、それも連携が得意な教員が声を掛け合って行います」。
 三つ目が、地域連携活動が学生の成長に大きく貢献することが学内で認知され、2012年度から全学的に実践的な学習、すなわちプロジェクト学習を推進したことである。「教養教育を抜本的に見直すとともに、地域活動を正課科目に取り込んでいきました。その結果、地域連携活動が格段に増えました。活動把握の必要性から総合企画部が担当することになりました」と秋山副学長。
 総合企画部の地域連携活動のとりまとめは、IRの一環でもあるという。毎年の事業計画における社会連携方針と、実際の社会連携事業の取り組みがチェックされてPDCAが回る。取り組みは地域住民などに向けた情報発信として、学外連携課発行の季刊誌「よかとこ93」に掲載している。なお、学外からの窓口となるのは学外連携課で、「現在は年間100件以上の問い合わせがあります」と廣瀬氏は述べる。

 ○豪雨の復興支援でいち早く駆け付ける

 取り組みの一端を見てみよう。
 まず、幅広い年齢層を対象とした生涯学習講座があげられる。受講者は、年間のべ3000人以上。外国語やスポーツ、芸術などのほか、教養や健康に関することなどニーズに沿った講座を提供している。
 地域共創学部と芸術学部、国際交流センターと博多祇園山笠の東流は、「飾り山笠」「舁き山笠」に関する解説文を英語、中国語、韓国語に翻訳して看板を作成し、東流「飾り山笠」前に設置、学生がデザインしたTシャツを留学生が着てインバウンド観光客に山笠の紹介をし、好評を得た。
 芸術学部と八女市教育委員会は、「八女福島灯篭人形芝居」の舞台を支える全ての背景幕の修復について、これから年に1枚~2枚、約20年かけて取り組んでいく。2019年に福岡市で開催された「G20財務相・中央銀行総裁会議」では、各国の国旗や名所を模した博多人形「ハカタオフク」が好評だったが、これを考案したのは芸術学部の学生である。
 福岡市にある勅祭社「香椎宮」の依頼では、芸術学部生活環境デザイン学科の学生が、参道から本堂までの道のりを示す案内板を考案したり、ジオラマを作成して設置したり、プロジェクションマッピングを制作して夜の境内を盛り上げた。
 生命科学部学生を中心とするサークル「食品開発研究会」は、株式会社食品計画、八代市とコラボして八代産ゆずのアイスクリームを商品化した。
 特に成果の見えやすい芸術学部の学生を中心にしたこれらの取り組みについては、地元企業との協働事業の成果を紹介する「九産大プロデュース展」を博多中心市街地で開催することによって、多くの市民への認知アップが図られている。
 2017年の九州北部豪雨等では、被災当初より朝倉市や東峰村で、長期的な復興支援ボランティアを続けている。「被災直後の休日、数名の職員を伴って車を飛ばして現地入りし、細かいニーズを聞いて回りました。現地のニーズは、ピンポイントの日程で少人数が必要、ということが多いのです。それに対して迅速にマンパワーを送り応えられるかが重要です」と一ノ瀬係長は指摘する。九州では、重なる豪雨被害、あるいは熊本地震等、自然災害が増加しているともいえるが、この大学のように、まずは迅速・的確に情報収集する姿勢が重要である。「本学は指定緊急避難場所に指定されているので、特に地域の高齢者が災害時に、どのように本学に避難していただくか検討しています」と秋山副学長は述べる。
 大学間連携での地域活動も行う。2011年から開始した福岡工業大学、福岡女子大学、九州産業大学による「東部地域大学連携」は学生の交流はもちろん、地域貢献を協力して行い、福岡県警や福岡市との協働で防犯や飲酒運転撲滅などのキャンペーン、清掃活動等を行っている。

 ○KSUプロジェクト型教育

 自治体との連携も教職員のフットワークの軽さによって強固になっている。
 福岡市東区とは、東市民センター主催「人権セミナー」などへの講師派遣、継続的な学生ボランティア派遣、教員による区委員会委員派遣など、多数の接点があった。区長や区役所職員とは地域会合で常に顔を合わせ、挨拶と共に、腹を割って話ができる関係に。「それが本音で相談しあえる関係だと思います」と一ノ瀬係長は述べる。区内の校区自治協議会や香椎商工連盟との結びつきも強い。
 他には、東区に隣接の糟屋郡各町をはじめ、県東部の古賀市・宗像市・福津市、南部の柳川市や大川市等と連携活動を行う。
 地域連携の学生への教育効果について、秋山副学長はこう述べる。「学習成果は、目を見張るほど大きく、我々もやってみて気づかされたことがたくさんあります。学生は地域の人たちと交流して学び、本当に変わっていきます。現場から相談がくるので対処しようとし、それによって学習意欲が喚起されています」。
 ある学生は、ほとんどの単位を落として卒業が絶望視されていたが、ボランティア活動によって学習に向かうスイッチが入り、最終的には卒業することができたという。「目の前のこの人のために何かしたい!」という想いは、多くの学生の心に火をつける。「一人ひとりの学生がそのスイッチを見つける、後押しをするのが我々教職員の仕事だと思います」。
 この教育を「KSUプロジェクト型教育」と名付け、実践力・共創力・統率力を身に付けさせることとした。各プロジェクトはそれぞれ、どのような力が身に付くかを明記し、活動と教育をきちんとリンクさせる。「特に地域共創学部は実践を重視しており、「地域共創演習」など、実践力育成科目の単位を修得しないと卒業できません」と廣瀬氏は指摘する。
 110以上の成果を「取り組み事例集」としてまとめ、冊子を発行している。なかでも青木幹太教授(大学院芸術研究科長,生活環境デザイン学科教務委員)らは、芸術、経営、工学などの学部間、研究科間連携プロジェクトを複数立ち上げて、学生を巻き込みながら学際的な研究に取り組む。「研究科の再編やカリキュラムの改正をする案もありましたが、それよりも自由な連携研究が行える環境を整えることが重要と判断しました。全学部が一つのキャンパスにあるというのも、連携に有利だと思います」と秋山副学長は述べる。

 ○フットワークの軽い職員たち

 この大学の地域連携の特徴は徹底した地域ニーズの把握にある。
 それにはまず職員の熱心な関わりがある。多くの職員が福岡県出身であり、地元自治会などに関わりがある。もともと福岡人はノリが良いというのもありますが、と断りを入れたうえで、一ノ瀬係長は職員の働きをこう説明する。「積極的に地域の交流会などに参加し、地域の方々と顔を繋ぎ人脈を広げていきます。懇親会も含めこうした場で「実は困ったことが...」という相談があり、学内の教員や学生をはじめ、解決できそうな人と繋げられないか検討します。重要なことは、「大学がやれること」ではなく「地域が何をしてほしいか」というニーズです。ニーズに応えていると、大学と地域は更に一歩進んだ関係になっていきます」。
 地域活動のニーズは実際、地域のあらゆるところにある。しかし、それは大学で待っていても、会議室で話をしていても出てくるものではない。何度もひざを突き合わせて話をし、信頼関係が生まれたところで、本当のニーズが漏れ出てくるものだ。こうしたニーズに真摯に応えた先に、「地域に頼られる大学」の姿があるのだろう。
 さらに、地域住民アンケート調査を行ってもいる。この調査では、「大学は地域の役に立っていると思うか」と、直接的な問いから始まり、「どのような講座があると参加したいか」「大学の施設はどのような利用ができればよいか」など具体的な項目もある。なお、ニーズのある講座としては、健康・スポーツ、芸術、語学など。小中学生向けだと、理科実験、スポーツ教室、SDGs、山・河川の生植物観測など。施設では、学習のための施設、憩いの場などの利用が求められている。
 このように、実際の住民との対話という質的、アンケートという量的なデータに基づいて的確な場所で的確な取り組みを行うという意味で、地域連携にもIRの概念が浸透している。そして、教職・学生のフットワークの軽さと相互の距離の近さが、大学としての地域課題解決力を高めているともいえる。教職協働というより、教職学協働である。
 さらに言えば、秋山副学長や一ノ瀬係長の存在が大きい。「中期事業計画で標榜しているので、地域連携は実行しなければなりません」とは言うものの、彼らの熱意と行動力の高さは目を見張るものがある。新しい地平を切り開く職員と、それを認め学内で動きやすくする幹部。この組み合わせは、地域連携に限らず、大学改革にも理想的だ。「私が教務部長就任直後、一ノ瀬係長は学長秘書でした。そこで、学長を含めた3人で、当時は中退予防のために新しい取り組みを様々に実行していきました。大事なことは、まずやってみることです。また数度の失敗で責め立てない。学生はもちろん、教職員にも当てはまります。社会の変化に応じて大学も変わらなければ生き残れませんから」と秋山副学長は述べ、一ノ瀬係長は「若手のうちに学長秘書を経験させていただき、経営視点で広く見渡せたことや大学全体の方針や政策に携わらせていただいたことが私の原点になっています。また、その時に自由に動かせてもらい、そこで繋がった人脈が現在に活きています」と述べる。
 建学の精神は「産学一如」。まさに、産と学が一体となった地域連携が全学的に推進される。決して派手な取り組みではない。しかし大学のスケールメリットを、事細かなニーズに応える方向で活かしている。それには、繰り返すが、職員が地域に根を張り「御用聞き」に徹する必要がある。
 創立100周年に向けたビジョンは、「新たな知と地をデザインする大学へ―もっと意外に。もっと自由に。」。学内の意外性と自由度は、より大学の可能性を広げるだろう。
 九州産業大学は、この2つのキーワードを掲げ、柔軟な現場主義と、失敗を恐れない前のめりの姿勢で、地域ニーズを捉えつつ新しい地域と大学の関係を創造していく。