特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<55>環太平洋大学
中国地方の“スポーツ”支える
地域活動でレジリエンス鍛える
中国地方は、かつて京に都があった時代に、京都から近くも遠くもないために「中国」と名付けられたことに由来するという。山陰山陽地方とも呼ばれるが、中国山地をはさみ、気候も文化も異なる。しかしながら、昨今では、全体的に少子高齢化・人口減少が進む。岡山県岡山市に立地する環太平洋大学(大橋節子学長、経営学部、次世代教育学部、体育学部)は、教育の理念の一つに「教育とスポーツの融合」を掲げる。設立以来、学部の強みを活かした地域連携を行ってきた。大橋学長、沼田秀穂経営学部長、浅野幹也体育学科長、前田一誠教育経営学科副学科長に聞いた。
●環太平洋大学構想
大学の設立経緯を少しひもときたい。大橋博理事長は、理想の教育を実現すべく進学塾を皮切りに、幼稚園から高等学校まで次々と展開した。1987年、環太平洋地域の教育関係者がホノルルに集まり、多様な国の出身者が入り混じる中で学生が育つ「環太平洋大学構想」が謳われ、大橋理事長らは、1990年にニュージーランドに同国初の私立大学を設立。2007年、次いで岡山の地で開学したのが環太平洋大学である。
「設立当初、地域の人にも好意的に受け入れて頂きましたが、体育系の大学ということで地域活動は手探りでした」と大橋学長。保育園や幼稚園で運動会を開催したり、陸上競技やサッカー、ソフトボールを行う学生が、地域の学校で指導したり、地域の学校教師との勉強会などを開催した。また、地域住民に大学に来て食堂で食事をしてもらい、教育のコンセプトや内容を理解してもらうように努めた。「こうした小さな取り組みを続けていくことで、徐々に口コミで大学の地域貢献が広がりました。年々、「今年も続けてほしい」「うちでもやってほしい」という問い合わせが増え続け、現在は年間100件近くの依頼や問い合わせがあります」と大橋学長は続ける。大学の強みを活かして、地域に喜ばれる活動を地道に行うことで信頼を勝ち取った。まさに、地域連携の王道である。
先述の通り、中国地方も少子化は今後、より深刻となる。従って初等中等教育機関の統廃合は多い。このような背景の中でも、なんとか体育教育の充実を図りたいと県や市の教育委員会は考えている。現実と理想を埋めるべく、教委はこの大学の門を叩く。実際、地元岡山はもちろん、広島、島根、鳥取、兵庫の教委からも依頼がある。
自治体との包括協定は、岡山県、同県赤磐市、同県備前市、同県総社市、広島県三原市、兵庫県加西市と結んでいる。具体的な取組として、赤磐市とは、小学6年生約400人が参加しての「学童陸上運動記録会」を、大学の陸上競技場で開催する。広島県尾道市の小学校は、児童が大学に体力測定や体育の授業を受けにくる。総社市は、市長自らスポーツ大会の運営等について頻繁に協力依頼の問い合わせをしてくる。和気町では、ベースボールパークの設置、小学校の廃校を利用した選手寮を設置するなど、町のスポーツ促進や若者の賑わいを取り戻すことに貢献している。「本学には、宿泊施設や大きな食堂があるので、各県から中学生や高校生が体力測定や体育授業の合宿に来ます。連携している自治体には高校がない地域もありますから、本学学生が子どもや高齢者と交流することは、重要な意味があります。学生たちはこうした依頼に、明るく全力で応えてくれます。そうした若者の力強い活力こそ、地域が求めているものなのでしょう」と浅野学科長は述べる。
国際交流も盛んである。留学生らが地域のイベントに参加し、子供や高齢者と交流する。例えば、各国特有のキャラクターに似せて留学生がかかしを作る「国際かかしフェスティバル」を開催している。ベトナムからの留学生は、岡山県立瀬戸南高校で作るパクチーを使用し、高校生たちとベトナム料理を作った。
学生たちは、地域の伝統行事の存続にも欠かせない存在である。少子高齢化により開催が危ぶまれる地域に学生が出向いては神輿を担ぎ、奉納の踊りを舞う。2018年の広島県と岡山県の土砂災害・浸水被害については、現在でも復興ボランティアを続けている。つまり、この大学は、中国地方の子供たちの体力増進やスポーツ振興はもちろん、地域文化の継承も引き受けているのである。
企業との連携教育も開始した。体育学科は、株式会社コナミスポーツクラブと連携して2018年に「スポーツトレーナーコース」を開設した。同社社員による講義、長期インターンシップなど、現場の実学を重視した教育を行い、卒業後は同社社員への道を拓く。産業界からは、「明るい」「礼儀正しい」「心が折れない」といった評価をもらうという。
●各学部の取り組み
これらの地域活動は、大学では、正課・正課外、あるいは、ボランティア活動と、様々な形態の教育プログラムとなっている。各学部は、それぞれ毎週のように取り組みを行い、大規模イベントになると3学部の学生が協力し合って一緒に作り上げていく。取り組みの一部を見てみよう。
まずは経営学部である。2016年に岡山市が新設した「大学生店舗応援事業」は、岡山市内の小売業や飲食業などの店舗と学生が協議し、店舗の課題を解決するプログラムで、運営費が一部補助される。2年次の「プロジェクト研究演習」の中で取り組まれ、5人1組が毎年5店舗程度を訪問する。例えば、フラワーショップや無農薬ハーブのカフェとのコラボでは、それぞれ市場リサーチと課題解決のプランを実施、その結果、新規顧客開拓により売り上げを伸ばすことができた。「週一度の科目ですが、毎日店舗を訪問するなど、学生たちも真剣です。授業終了後も店舗と関わり続ける学生もいるようです。お陰様で様々な店舗から依頼がありますが、この演習は学生からも人気があります。もともと、経営学部が独自に取り組んでいたのですが、市が関心をもって参画しました」と沼田学部長は説明する。
北区の表町商店街では、商店街連盟とコラボして、協力店で選定した服装でファッションショーを開催。企画運営から店との交渉まで全てを学生がこなした。これにより、少しずつ商店街に賑わいが戻ってきた。これは市の「大学生まちづくりチャレンジ事業」に採択された。
体育学部体育学科は、中国地方のスポーツ振興に取り組む。先述の各教委との連携に加え、瀬戸スポーツクラブ、しらうめスポーツクラブ、きよねスポーツくらぶ、吉井スポレククラブ等、地域スポーツクラブと連携し、子どもたちとのキャンプ活動を通じての交流会や、各種スポーツ活動の指導を通じての体育教師のスキルアップ研修を行っている。全クラブで、総数約千人の地域住民が所属。「この取り組みは、総合型地域スポーツクラブを研究していた卒業生の希望で始まりました」と大橋学長は説明する。また、大学にもダンス部などの部活を発足させ、ジュニア部門には地元の子どもたちが所属する。子どもから大学生まで、上級生が下級生の面倒を見る仕組みが出来上がっている。このダンス部は、チアリーディングのアジア大会の2部門で優勝している。
高校サッカーの全国大会など各種目のスポーツ大会の開催も多数行い、基本的に全て学生が運営する。特に高校サッカー「IPU杯」は全国から50チーム、2千人が参加。会場も4つに分かれる。「こうしたときは全学部学生・教職員が協力して運営に当たります」と、浅野学科長。また、プロスポーツや全日本チームからも練習のための施設貸し出しの依頼が多く、都度、学生たちも運営スタッフとして関わる。こうして、学生たちは大小のスポーツ大会の企画運営力を身に付けていく。「チームIPU」。こうした取り組みは、学外へのPRにもなるが、何より全学の気持ちを一つにするものである。
健康科学科では、スポーツ大会の救護サポーターとしてトレーナーや柔道整復師関係の教員・学生がボランティアとして参加する。「本学主催の大会のみならず、行政等が主催するマラソン等のボランティアスタッフも務めています。臨床の場なので、学生皆がやりたがりますよ」と浅野学科長。そのほか、この学科では、高齢者の健康増進活動にも取り組む。
2019年には、スポーツ科学センターを新設。女性アスリートの支援プロジェクトなどが発足し、科学的な視点でスポーツを研究する。「国の機関とも連携し情報共有もしています。栄養面なども含めて総合的な視点からスポーツ振興に貢献できれば」と大橋学長は展望を語る。
次世代教育学部では、2017年から、「ヤングアメリカンズ」というアメリカの表現教育団体のプログラムを導入している。3日間で子どもたちにワークショップをして、音楽やダンスのショーを作り上げる。まず、2年次の教職課程履修生の数人が本場アメリカで研修を受け、それを踏襲しつつもアレンジを加える。プログラムに賛同してくれる小学校に、教育実習の一環として学生が全て取り仕切って「授業」を行う。初年度は尾道市立栗原北小学校の1年生から6年生までの220人に対して、教育経営学科37人の学生が実施。児童たちは楽しい練習を通して、「また明日も参加したい」と保護者に伝えたという。
3日目、地域住民や保護者が見守る中、学生、子どもたちの一体感の中でフィナーレを迎える―充実感と達成感で、自己肯定感が高まり、学生たちは子供の成長とは何か、授業を楽しくするにはどうすればいいかを、よりリアルに捉え探求するようになる。もちろん、学生たちも壁にぶつかったり、落ち込んだり、泣いたりするが、諦めずにトライし続けるよう教員も全力で支援する。
●キーワードはレジリエンス
これまで紹介した地域活動のほぼすべてを、学生が自ら企画・実行する。基本的に、上級生が下級生に引き継いでいき、教員が介入することはほとんどない。「以前、犯罪被害に巻き込まれた家族への支援というテーマを学生に投げかけました。すると、学生たちは議論をはじめ、「爽志会」という被害者支援のための組織を立ち上げました。これも学生が自律的に運営しています」と大橋学長は述べる。
地域連携の表裏である教育の根底に流れるキーワードは、レジリエンス(精神的回復)だ。プレッシャーがあってもへこたれない、折れない強靭な心である。地域活動が学生の主体的取り組みであるということは、それだけ学生にも精神的な負担がかかる。「自分にはできない」と思っていたことができたとあれば自己肯定感が高まる。体育祭も全学を挙げて全力でやる。「本学には自己肯定感が低い学生も少なくないのです。4年間で様々な活動をやり遂げ、仲間ができて、地域の人からも必要とされることで徐々に自信を取り戻していきます。卒業後には、来てよかった、間違っていなかったと言ってくれます」と大橋学長。
「ヤングアメリカンズの企画では、開催先の先生から事前に厳しい指導が入り、3カ月かけて準備を入念に行います。最大限に誠意を尽くすからこそ信頼して受け入れて頂けます。こうした双方の信頼関係がなければ、学校側も学生に子どもを預けるということはしてくれないでしょう」と前田副学科長は説明する。どの行事もやらされているのではなく、目的や意義を深く考えさせ、学生が主体となって本気でやるように教員が促している。レジリエンスの高い教師は、奉職後もしなやかな心で対応ができ、折れないやめない教員として学校現場からの評価は高い。
こうした充実した大学生活だから、卒業生は頻繁に大学を訪れる。「授業の進め方の相談にもきますし、在学生である後輩たちに叱咤激励をしてもくれます。学生時代にもっと授業のトレーニングをしておけばよかった、という話も聞きます。こうした若者を育成できたというのは本学の誇りでもあります。卒業生たちとの強い結びつきは本学の特徴にもなりつつあると思います」。大橋理事長は、学報『未来の学校』(2018、秋)の中で、「卒業生が帰ってくる大学という想いをもってスタートした」と述べているが、まさに思いが結実していると言えよう。
環太平洋大学の建学の精神は「挑戦と創造の教育」。まさに、教職員・学生も、地域の子どもたちを始めとした住民もともに挑戦し地域も創造していく。その中で強靭な精神が形作られているのである。