特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<54>京都女子大学
京都市民に寄り添う取り組み
女性のリカレント教育を推進
京都は、言うまでもなく常に日本史の中心的存在であった。世界の旅行ランキング等で首位に位置し、国内外から年間5000万人以上が訪れる。一方、景観条例のため高層マンションは建設できず、細路地が多いので重機が入り込めない。従って、古い長屋が多く子育て世代が移り住めず空き家が増え始めてもいる。市民の高齢化率は28%と高止まりで、東山区は34%と11の行政区で最も高く、市内製造業は存続の危機を迎えているという。京都女子大学(林忠行学長、文学部、発達教育学部、家政学部、現代社会学部、法学部)は、1920年に仏教精神に基づく女子高等専門学校として開学し、以来、京都の地域に溶け込んで共に発展してきた。この大学の地域貢献を林忠行学長、竹安栄子特命副学長・地域連携研究センター長に聞いた。
●京都市のプログラムに採択
2014年に林学長が就任し、地域貢献と国際化の融合を打ち出した。「国際都市・京都で、地域連携と国際化を組み合わせて、特徴を出していくこととしました。大規模な活動より、市民の生活に根差した継続できる取り組みを地道に行っています」。2015年に地域連携研究センターを設置し、地域連携や産学連携の司令塔を担う。
2016年から京都市は、連携活動を教育課程の中に位置づけることを目指す「学まち連携大学」促進事業を実施、同大学は「地域系女子養成プログラム(副専攻)の構築―地域社会を支える女性リーダーの養成をめざして」が採択された。この事業は①連携指向型教育プログラムの実施、②正課内外での連携活動の展開、③京都ネットワーク協議会の組織化からなる。「学生を地域に連れていくと見違えるように変わることは分かっていました。そこで教育プログラムに組み込み、大学でこそ実施できる連携活動を構築したいと思いました」と竹安センター長は振り返る。学部共通科目「連携活動科目」を開設するなど、地域教育の模索を始めた。
このプログラムは、2019年度から副専攻「女性地域リーダー養成プログラム」にまとめられた。地域連携や産学連携等について、企業等による寄附講義のほか、「連携課題研究」では実際に地域に出て問題解決に当たる。国文学科や史学科等の学生も多数受講し、京都の「今」を知るきっかけとなっている。
先述の通り、京都市には課題も多い。例えば中心地の少子高齢化である。東山区は、特殊出生率が1%で、11校あった小学校が統合されて2校になった。この大学の学生が20歳代人口を押し上げてもいる。観光客と学生によって若者が多い印象だが、実際の住人は減少の一途を辿っているのが東山区の実情だ。他にも課題を抱える東山区に立地する、この大学の取り組みを見てみよう。
●観光公害への対応
まずは観光公害の対策である。特に問題化しているのが「前撮り写真」だという。竹安センター長は説明する。「結婚式などの前撮り写真を撮る人が多く、交通を止めてしまったり、私有地に入って住民とトラブルになったり。祇園新橋では、地域住民、NPO法人京都景観フォーラム、撮影業者、本学が協力して、「祇園新橋まちづくり協議会」が立ち上がり、この問題について協議しています。世間に広く知ってもらうために、3か国語でパンフレットを作成して学生が配布するなど、マスコミにもPRしました」。これをきっかけに、世間の前撮り写真への関心が高まった。
しかし、前撮り写真を完全にシャットアウトする地域と、観光客や観光業界と共存の道を模索する地域と、地域によって考え方は異なる。これらの意見を丁寧に聞き、関係者と話し合いながら、大学はできる限りのお手伝いをしていく。
もっとも、全国各地の観光地の景観は、市民たちの私的努力で維持されているケースが多い。「まちの清掃や桜のライトアップはもちろんですが、祇園祭や時代祭も、基本的には市民が自分たちの努力で維持してきました。しかし、市民の高齢化や昨今の観光公害ともいわれる状況は、この存続を難しくしています」と竹安センター長は指摘する。だれが景観を維持するのか、観光にも受益者負担という概念が必要ではないだろうか。
もちろんこの問題は京都のみにあるのではない。学生たちには地域社会の縮図である京都での実体験を通じて、出身地の課題にも照らして考えてもらいたい、と竹安センター長は続ける。
●祇園に生きる女性のライフヒストリー
次に、東山区民のための取り組みである。市民対象の料理教室、京都市内の老人福祉センターにおける骨密度測定などは「京都女子大学栄養クリニック」が行う。東山警察署のキャラクター制作、地蔵盆における行燈絵の制作、マンション住戸のリノベーション、豊国神社の大型絵馬奉納等は、「生活デザイン研究所」が行い、それらの活動には学生も参加する。そのほかにも、戦時下で空襲にあった地域の調査(大学の前身である京都女子専門学校の学生寮に爆弾が落とされていた)や自主防災会の実態調査、弥栄自治連合会主催のすこやか学級では高齢者向けの中国語講座を行うなど、京都に住む人たちに寄り添った活動を重視する。また、祇園新橋に生きる女性たちのライフヒストリーの聞き書きも実施している。「祇園は全国的に有名な地域ではありますが、こうした研究蓄積は少ないのです。それを探るお手伝いをしています」と竹安センター長は述べる。
このように東山区に深く根差した取り組みを多数行っている。「以前に比べて町内会の活動は明らかに低調になっています。地元の夏祭りには本学学生が欠かせない存在になっていますし、連合自治会の運動会には地区の一員として留学生も参加しています」。このように、若者が集う大学への住民からの期待は高い。大学が民間避難所に指定されるなど、地域の担い手として大学が位置付けられているし、日頃から「京女さんには頑張ってもらわないと」と声をかけられる。また、住民からは、「学生さんが地域活動に参加していただくと、地域は活気づく。ただ参加するのではなく、地域課題を知っていただき、地域文化を感じ取って頂けるように継承していきたい」との声もある。学生はこのような期待をかけられて自己肯定感が高まる。もちろん、地域側が主体的に動かないと大学も動けないし、学生は単なる労働力ではない。あくまで教育機関が実施する連携活動として、その教育的意義を大切にしている。
先述の「学まち連携大学」促進事業では、全学教職員を対象とした公募型連携活動について予算面で支援している。「継続性を大切にしています。年間10万円という少額ではありますが、できるだけ継続して取り組んでもらうことを狙いとしています。現在は10近くのプロジェクトが稼働しています」と林学長は説明する。先述の東山区での取り組み以外に、京都刑務所での木工製品のデザイン提案、図書館が主催した京女まち歩きオープンデータソンなどはこの事業のプロジェクトである。
やはり同事業の一環として行われる「京都ネットワーク協議会(京女ラウンドテーブル)」は年に一度、包括協定先に一堂に会してもらう。この時に、各年度で共通テーマを取り上げることで、諸機関同士が直接繋がり、多角的な関係を構築してもらうことも企図している。学生には連携プロジェクト活動の報告会も実施する。
●女性のリカレント教育を強みに
女子大学ならではの取り組みとして、女性のリカレント教育と就業支援がある。2018年度京都府の実施事業に手を挙げ、オムロンエキスパートリンク株式会社も加わった産学官の枠組みで、主に20歳代~50歳代の育児世代を対象に「大学連携京都府リカレントプログラム」を実施した。2019年度からは大学の独自事業として継続する。京都市は製造業の割合が高いが、これは朝廷に献上するために高い技術力が必要だったからである。京都の大企業である村田製作所は清水焼、島津製作所は仏具、任天堂は花札を製作していたように、伝統工芸から現代ニーズに基づいた製品を生み出している。中小企業や個人事業主の職人も多いが、昨今は後継者や人材不足に悩まされている。
「出産・育児などの事情で退職した女性にリカレント教育を行い、再就職の支援を行います。この事業のポイントは、受け入れる企業経営者の意識です。育児に合わせ、例えば保育支援等柔軟な働き方のご理解を頂ければ、優秀な人材を確保できるのです。連合京都・京都信用金庫・京都中小企業家同友会東山支部などと連携し、経営者の理解を得るよう努めています」と竹安センター長。この事業では受講生の満足度も高く、9割が就職を決めた。学部科目の受講も必修なので、学部学生と肩を並べて勉強する。一期生は20人中、8人の保育サービス希望があり、育児中の「同級生」との学習は、学部学生にも刺激になったという。
●地域に寄り添う
京都の伝統染織産業の職人とも連携する。伝統染織産業の魅力を発信する「伝統をつなぐ会」において、マドレー染、型友禅、綴れ織を行う3軒の工房と、それぞれアクセサリー製作や体験企画を行った。一人と繋がるとそこから関係する職人に広がっていく。時代の変化と共に消費者ニーズも移り変わるため、異分野の職人が一堂に会してアイデアを出すような「場」を提供するのも大学の役割である。「大学は中立的存在なので、新しい風を起こす場とも考えられているかもしれません」と竹安センター長が説明する。伝統や歴史は裏を返せばしがらみも多くなるということである。女子学生たちは、そのようなしがらみを簡単に飛び越え、大人だけでは解決できなくなった課題にヒントを提示できるのかもしれない。「生涯学習講座に参加された職人さんが、それぞれ抱える課題について相談されることもあります」。
京都市、各行政区と市民は、他地域のそれとは少し異なる関係であるかもしれない。基本的に京都市民は旧学区の区分の意識が強く、現在の行政区分とは異なっている。更にこの旧学区に町内会が多数存在し、各町内会長が自治体職員と交渉をして地域のことを決めるなど自治意識が高い。大学も町内会との関係を深めている。「やはり高齢化のため、なかなかこのコミュニティを維持していくのは大変です。東山区最大の大学として住人の方々に寄り添いながらお手伝いができれば」と竹安センター長。市役所や区役所とは、情報交換をしたり、学生ボランティアを呼び掛けたりして協力関係にあるが、区をまたいでの取り組みも少なくない。
大学が多数立地する京都市において、京都女子大学の強みは何か。「やはり女子大学であるということ、市内の他大学にはあまりない女性の生活に寄り添った造形や栄養分野があることでしょうか」と竹安センター長は主張する。もちろん、他に先駆けて女性のリカレント教育を実施したことに見られるように、社会の新しいニーズにおけるブランディング構築の試みも欠かせない。
京都市以外の自治体との連携も進んでいる。副専攻科目の一つ「地域連携講座B1」においては、就職協定を結ぶ自治体の職員に講義してもらい、県の産業やその企業が抱えている課題等について学生に伝える。様々な地域の実情を知ることでUターン、Iターンに関心を持ってもらうことが期待される。受講生も「地域について深く考えるきっかけとなった」とコメントしている。「最近は、連携活動の範囲を京都市以外にも拡げ、岐阜県白川村や滋賀県多賀町などと連携し、活性化に協力する準備が整ってきました」。
「連携活動はまるで生き物です」。センターのニュースレターで竹安センター長は述べる。京都市の地域の資源を活用して地域自体が持続できる仕組みとして「コミュニティ・ベースド・ツーリズム」に注目しているという。京都市は、国際的な大都市ではあるものの、特有の課題が無数にある。一方、学生のまちであり、大学も多い。この中で、大学が持つ特徴を最大限に生かして課題の解決に当たるのが京都女子大学である。