特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<48>東北工業大学
東北のSDGs拠点目指す
伝統工芸の保全・人材育成に寄与
仙台市5区の1つ太白区(佐藤伸治区長)は、東西に長く東端は長町副都心が広がる。西部は山地で、温泉で有名な秋保がある。同区東部の八木山には、住宅地と八木山動物園、八木山ベニ―ランドが立地するが、ここは大正時代に小間物商紅久の「4代目八木久兵衛」が山ごと買い取り、開発が始まり山に彼の名が冠された。その八木山に立地する東北工業大学(今野弘学長、工学部、ライフデザイン学部)は、仙台市はもちろん、東北全体にわたり、長年地域連携に取り組んできた。取り組みについて、地域連携センター長の石川善美副学長、センター事務長の羽生田光雄氏、コーディネーターの菅原玲氏に聞いた。
●復興大学
2011年3月11日に発生した東日本大震災。沢田康次学長(当時)は、この大災害からの復興に高等教育機関ができることを問い、被災地の大学が協力する「復興大学」構想を呼び掛けた。母体は、仙台の自治体や高等教育機関28団体を中心に構成する学都仙台コンソーシアムで、文部科学省の「大学等における地域振興整備事業」に採択され、次の4つの事業を行うこととなった。なお、文部科学省事業は始めの5年間で終了し、現在は宮城県からの補助金を受け事業を運営している。
①復興人材育成教育復興の政治、経済、科学技術まで普遍的な教育を実施する。座学のみならず現場でのフィールドワークを学生・地元の住民に向けて行う。
②教育復興支援主として小学校、中学校の教育現場のニーズに対応し、学生ボランティアを活用した学校での児童・生徒への学習支援等を行う。
③企業支援ワンストップサービス巡回訪問を通して、地域や企業が抱える課題を調査・抽出し、大学としての専門領域を活かして課題解決に向けた支援を行う。
④災害ボランティアステーション被災地支援活動におけるミスマッチ低減のため被災地とボランティアのハブとなる。県内はもとより、全国で発生する災害からの復旧・復興を支援するボランティアの中心的役割を担う人材の育成などを行う。
「地域のニーズに合わせて各大学が得意分野を出しあって講座を開講したり教員が関わります」と石川副学長。この大学は、主に①と③の中心的役割や事務局を担ってきた。
①は、毎週土曜日に県民講座を開講し、幅広い年齢層から年間1000人前後の受講者が集まる。講座名は復興の社会学、復興の科学技術、復興の思想...と、全て「復興の...」から始まる。8年が経過し今でも年間30もの講座がある。この講座をきっかけに起業や教員・公務員を志す卒業生も現れたという。「震災を語り継ぎ風化させない、忘れないために重要な活動であると、市民の皆さんからは認知されているようです」と羽生田事務長。2018年3月には同じく被災地・熊本で復興大学の取り組みを紹介した。被災地の取り組みのノウハウや経験を全国的に共有し、今後に繋げようとする関係者の強い意思が感じ取れる。
③は、コーディネーターや関係教職員が年間のべ50事業所を訪問している。2017年度では、食品加工技術の調査、後継者問題、中長期計画の検討、ICT導入などを支援した。「企業の復興フェーズに応じてニーズが変化しています。当初は、資金繰りや人材不足などが課題で、外部資金獲得の支援などを行っていましたが、最近では販路開拓、人口流出などが大きな問題になっています」と菅原氏。人材不足は昔も現在も大きな課題である。
仮設住宅では、建築学科の新井信幸准教授が中心に教員・学生らが「仮設カスタマイズお助け隊」を立ち上げた。仮設住宅の環境改善のため、収納や縁台を制作。その後、仙台市内の広場でカフェを開設し大工作業を行うイベントを開催した。この活動は、更に塩竈市、南三陸町、岩手県の大船渡市へと広がった。「新井准教授はモノづくりというハード面のみならず、仮設住宅で一緒に夕食を作って食べるなど、コミュニティづくりというソフト面にも力を入れました。昨年、復興大臣がこの取り組みの視察に来ました」と石川副学長は説明する。
災害大国でもある我が国において、災害復興に関する知恵の移転は、実はあまり深められていないのではないだろうか。復興大学事業は本来、自治体や国の予算で行うべきものとも言える。地震、豪雨等の災害が昨今多発しているが、大学が経験とノウハウを共有して備えることも、重要な社会貢献である。「東北地方の復興には地域格差も生まれ始めていますし、そもそもまだそれほど手が付いていない地域もあります。復興の風化を防ぐことも大学の使命の一つになるかもしれません。もっとも、被災地の若者には他の地域には見られない強い使命感があるようにも思います」と石川副学長は述べる。
●工芸による地域活性化
東北工業大学の建学の精神には「...特に東北地方の産業界で指導的役割を担う高度の技術者を養成...」とあり、東北での地域貢献が謳いこまれている。代表的なものが、故・秋岡芳夫工学部工業意匠学科長(当時)や時松辰夫非常勤講師ら(当時)が、岩手県大野村(現・洋野町)と始めた工芸品による地域活性化である。秋岡教授は著名な工業デザイナーであるとともに、大量生産・大量消費に疑問を投げかけ、日本各地でクラフトや木工産業の人材育成に尽力した。
1979年、出稼ぎが多く雇用確保が課題になっていた大野村に新しい産業を興そうと、秋岡教授が呼ばれた。秋岡教授は木工技術、豊富な森林資源を活用して、村民全員が取り組む「一人一芸の村」を提案。これを実現する組織として、1980年より「大野木工」が立ち上がり、農閑期に行う「裏作工芸」として工芸品の制作が始まった。地元大野第一中学校の給食器として採用されたことを機に全国の小中学校、幼稚園などに爆発的に広まった。その後、工芸体験工房や宿泊施設などが整備され、1996年にこのエリアを「おおのキャンパス」と命名。現在でも大学は洋野町にかかわりを持ち続けている。
秋岡教授らは、北海道東部の置戸町でも森林資源を生かした木工品で地域活性化を提案。秋岡教授がデザインし、時松講師が技術を伝授、町の青年が木の器を制作した。日本橋高島屋に出展して高評価を受け、町は1988年にオケクラフトセンター森林工芸館を開設した。こちらも裏作工芸が目的だったが、反響が大きく作り手育成のために研修生を受け入れた。
太白区の「秋保工芸の里」は、暮らしの技術の再生を目的として、宮城県と仙台市の支援を受け1988年に開設された。里自体の設計、工芸品制作の指導、担い手の育成を大学が担ってきた。
木工に限らない。石巻市雄勝町は、雄勝石(玄昌石)の加工品が主力な産業で、雄勝硯は古くは伊達政宗が使用し、石材は法務省旧本館や東京駅丸の内駅舎などにも利用されていた。震災により石職人が離れるなど存続が危ぶまれたが、ライフデザイン学部の菊地良覺教授と雄勝硯生産販売協同組合の産学連携により「雄勝石産業の復活を核とした生産とくらしの再生」を目的とした、場づくり、モノづくり、ヒト・コトづくりの活動が始まった。同じく菊地教授は、福島県との県境、白石市の伝統的工芸品「白石和紙」の紙漉きから担い手の育成までを網羅的にまとめた振興ビジョンを策定した。
宮城県津山町(現・登米市)とも取り組みがある。佐々木一郎町長(当時)の要請を受け、地域産業の創出とコミュニティ機能再生・増幅を目的に調査、「津山町工芸コミュニティ」と題して提案した。「町全体に文化財的価値があると認識してもらうことで、住民が地域に誇りを取り戻しました」と羽生田事務長。デザインや木材加工技術など、町民を対象とした研修会の開催や、杉間伐材活用による杉矢羽(すぎやばね)を提案して商品化した。1987年に完成した当時のもくもくハウスの設計は建築学科が担った。もくもくハウスのある「もくもくランド」は現在、道の駅として地域の交流拠点となっており、地域の新たな役割に向けて発展しているという。
この大学は、少子高齢社会や産業構造の変化で失われつつある伝統工芸やその技術知識の保全、人材育成を行っている。間に合ううちにそれらを観察・記録し、再現可能な形で保全していくことは、地域の大学の大きな役割ではないだろうか。そして、これらの技術知識こそが、これからの観光振興の切り札にもなるだろう。東北工業大学はこれらの取り組みにより、東北地方の観光産業の下支えをしているとも言えるのである。
●大学COC事業
こうした地域活動は主に新技術創造研究センターに集約されていたが、2014年に実態に即して地域連携センターと改称した。「基本的にはセンターが窓口ですが、教員が直接受ける場合もあります。全て含めるとプロジェクトは年間30件程、相談だけだと60件程度になります」と菅原氏は説明する。
2013年には仙台市と「まちづくり」に関する協定を締結し、市の課題解決に寄与する教育研究活動「せんだい創生プロジェクト」を立ち上げた。2014年にはこの取り組みの一部が文部科学省大学COC事業に採択され「オールせんだいライフデザイン実践教育共創事業」をテーマに、地域の産業・文化の発展に貢献できる人材を育成する事業を展開している。
例えば、都市マネジメント学科の泊尚志研究室と、クリエイティブデザイン学科の篠原良太研究室の学生が、若林地区の東西線各駅マップ『若林WALKER』を制作した地下鉄東西線のまちづくりプロジェクトがある。「区報や町内会に呼び掛けて協力して頂ける方を募り、学生と若林区民が一緒にまちを歩いて見どころをまとめ、パンフレットを作成しました。区民の皆さんにも好評でした」と石川副学長は胸を張る。その他、八木山動物公園駅でのガイドロボットの開発や、公共交通の利用促進をテーマにしたモバイルアプリの開発など、工業大学の強みを活かした研究テーマが並ぶ。
地域との共同共創による実践教育については、地域志向科目を127科目設置。特に地元企業経営者や自治体の中堅に地域の魅力や課題を語ってもらうオムニバスや「地域防災減災論」、「地域とテクノロジー」といった学科横断型科目は1年次で必修だという。こうしたプログラムを経て、約40%の学生が連携自治体内で就職する。
こうした取り組みは、2003年に開設したサテライトキャンパス「一番町ロビー」のギャラリーで展示をしたり、公開講座で社会に発信する。講座数は通算460回。
「大学COC事業では合計48プロジェクトに取り組み、5年間で教員のべ140名、学生は1000名が参画しました」。平成29年度成果報告書によると、これらのプログラムを通して、「宮城県の企業や自治体等に就職しようとするきっかけになりましたか」という質問に対して、「そう思う・ややそう思う」と答えた学生が43%に達した。
●連携協定と今後
東日本大震災の発生以前から、東北各地の自治体とは友好な関係である。特に東北地方では、デザインや建築系の学部学科が貴重であるため、基本的にこの領域の依頼が集中する。こうした取り組みを通して、包括連携協定締結は、仙台市、石巻市、登米市、山形県西川町、青森県西津軽郡鯵が沢町、宮城県中小企業家同友会、中小企業団体中央会、仙台赤十字病院など17団体・地域と幅広い。「仙台赤十字病院とは、歩行困難者のための歩行支援ロボットの開発と実証実験を行った関係から連携協定を結びました。どんな相談も断らず、大学の垣根を低くするよう意識しています」と羽生田事務長。
今後の方向性について、石川副学長はこう展望する。
「東北地方のSDGs(国連持続可能な開発目標)拠点を目指しています。本学は、①防災・減災(土木工学・建築学)、②健康(医工学・電気電子工学・生活学)、③町づくり・地域づくり(土木建築学・デザイン学・経営学)に強みがあると認識しています。これらを地域課題と直結させて、また、人と人とをつなぎながら頼られていく、東北各地のプラットフォームを担えれば」。
東北工業大学は、東日本大震災からの復興という大きな使命はもちろん、東北地方全体の持続可能性を担うプラットフォームとしてその一歩を踏み出している。