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<39>北海道医療大学

北海道石狩郡当別町は、1872年に仙台藩岩出山一門・伊達邦直主従によって開拓され、現在は200万都市札幌の北に隣接する人口約16,000人、札幌のベッドタウンとして発展しつつある町である。札幌中心部からJR札沼線(学園都市線)で約45分、農業が主たる産業であり、米や切り花の生産、最近では新産業としてハーブの栽培にも力を入れている。また、有名なチョコレートブランド「ROYCE(ロイズ)」の生産工場も置かれている。JR札沼線の終着駅は新十津川駅。「日本で最も早い最終列車の出発駅」として注目されており、沿線には多くの観光客も訪れている。北海道医療大学(浅香正博学長、収容定員3520名)は薬学部、歯学部、看護福祉学部、心理科学部、リハビリテーション科学部、そして大学病院、地域包括ケアセンターを擁する北海道最大規模の医療系総合大学であり、当別町を中心に医療を強みとした地域連携活動を展開している。坂野雄二地域連携推進センター長に聞いた。

●改めて調べてみると

2013年に滝川市および当別町と包括連携推進協定を締結した。立地する当別町と具体的に事業が動き出したのは2016年。実質的な連携を強化すべく「連携推進協議会」の場で、関係者が連携事業について協議を行っている。「協定締結前から、町とは教員と職員の個人的な取り組みが行われていました。協議会では、そのリストアップから始めました。大学は全教員に、町は全職員にこれまで行った連携事業を挙げてもらいました。2つのリストを突き合わせると、3、40件にものぼりました。両機関の幹部が把握していなかったものも多く、また、大学独自の取り組みは10件程ありました」。大学では把握していないが、教員個人がユニークな地域連携を行っている大学は少なくない。組織間の協定を結んですぐに、これまでの取り組みの把握から始めたのは最善の策と言えよう。
大学は地域の資源を活用すべく、2016年に「地域連携に関する基本方針」を策定し、翌年には学術交流推進部に地域連携推進センターを立ち上げた。「学長直轄組織としてセンターを設置し、地域連携活動を統括して情報発信ができる体制を構築しました」。
連携協議会の開催は原則として月に一度。大学側は副学長、地域連携推進センター長、学術交流推進部から部長と課員、町側は副町長、企画部長、企画課の課長と課員が出席し、毎月の取り組み状況を報告する。例えば、個別の小学校から大学のセンターに教育支援の依頼等があった際には、この連携協議会に諮り審議する。そして、町の教育委員会で全小学校に展開できるかを検討する。自治体が管轄する公共施設であれば、各機関に個別対応するより、全体の仕組みとして一斉に導入した方が効率が良い。こうした議論を積み重ねていくうちに、管理職レベルでの信頼関係が深まった。「現在は会議挨拶を省略するなど、フランクに腹を割って話し合える雰囲気になりました」。

●町と大学の強い関係

町は大学に様々な支援を行っている。
例えば、「学生居住1000人プロジェクト」を計画し、学生の町内への居住を促している。この計画では、学生が安心して住むことができる住居の確保や、町内居住学生への経済的支援策といったインセンティブの構築を図っている。大学側も学生が生活する環境としてインフラを更に整備するように働きかけている。「例えば、医療大生であることを活かして地域の高齢者と共同生活を行い、大学で学んだことを生活の中でも応用できる学生寮のようなものがあれば、双方にとってメリットがある仕組みになります」と述べる。
入学式終了後には、町職員が学内に机を並べ臨時窓口を設置し、住民票の転入手続きをできるようにした。更に手続者には町内の飲食店で利用できるクーポン券5000円を配布。「住民票を移動しないと町で選挙投票ができないほか、災害時に安否確認や物資支援を行うことができません」。当然、学生の転入は自治体の地方交付税交付金額等にも貢献するだろう。
また、町は政策に関わる調査について、民間のシンクタンクに依頼していたものを、大学に委託することに切り替えた。2017年度は「高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画」をテーマに大学に委託があり、教員がチームを組んで対応した。高額な東京のシンクタンクではなく、地域の大学に委託すれば割安であることに加えて、地域経済にも貢献できる。町は、大学の地域連携推進センター運営に関わる経費の一部を拠出してもいる。ふるさと納税は、大学関係者の納付分については奨学金基金創設に使用する予定だという。
一方、大学も町と地域課題を解決するべく寄り添っている。
2018年3月、町の地域医療の中核を担ってきた総合病院が閉院した。町は即急に「当別町の地域医療の在り方検討会議」を設置し、坂野センター長を座長に地元の医療機関、福祉施設、町民および大学病院を委員として審議を開始した。中核病院の閉鎖を受け、かかりつけ医、訪問診断の充実、医療・看護・介護の地域ネットワーク体制をどうするかを模索している。医療大学と大学病院の存在は、実際的な診療においても、「当別版地域医療構想」を構築するうえでも、町の生命線でもあるのである。
その他、障がい福祉、高齢者福祉、コミュニティバス運行、道の駅設置など、地域の抱える福祉・医療に限らない幅広い問題について、大学教員は検討委員会委員として、町の課題を検討する。まさに地域のシンクタンクである。

●虫歯ゼロ運動

先述の通り、大学では連携協定以前から連携事業が行われていたが、その代表例が2004年に文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」に採択された町民の口腔保健の取り組みである。特に大学の歯科医・歯科衛生士が、町の小学生の虫歯検診と口腔保健に関する講義などを行った。これは現在でも続いている取り組みとなっている。更に、大学近郊に精神障がい児(者)施設があることから、自閉症・ダウン症・脳性麻痺・知的障害など、生まれつき又は事故などによって病気や障がいを持つ子どもに、苦痛の少ない歯科治療を提供し続けている。そのため、障がい児歯科、障がい児の口腔衛生に問題意識を持つ歯科医も多く、歯学部の特徴の一つにもなっている。
約2,900平方メートルにもなる薬用植物園には、漢方やハーブなど北方系の薬草約300種、園内の温室では熱帯・亜熱帯植物約300種を展示・栽培している。一般の方々にはJR沿線の観光スポットとして人気を博し、一方で栽培と研究成果は従来の農作物に替わる作物の育成につながり、薬学部教員が地域農家に技術指導を行っている。薬草の研究成果としては、薬学部の堀田清准教授が大根の葉エキスを含有する手作り石鹸「すずしろの花」を開発、それを主力商品とする大学発ベンチャー「株式会社植物エネルギー」が2007年に設立されたことは特筆すべきである。
社会福祉法人ゆうゆう(大原裕介理事長)の取り組みも紹介したい。同法人は、2002年に臨床福祉学科の学生だった大原氏らが、商店街の空き店舗を借りて障がい児の一時預かりを始めたことから開始した。当時は、町や大学の共同事業として家賃補助等を受けてスタート。2005年にNPO法人格を取得し(現・社会福祉法人)、児童デイサービスと児童居宅介護事業を開始、2006年には、当別町ノーマライゼーションセンターにょきにょきを開設し、障がい児の放課後デイサービス事業などを実施した。2008年には年齢や障がいの有無を問わない人々との共生を目指した福祉サービスを提供、地域の住民の様々な活動の場となっている。現在は、レストランや農園も開設、この取り組みは広く知れ渡ることとなり、地域包括ケアシステムのモデルとして厚生労働省も注目している。「大原理事長には、客員教授として講義をお願いしています。また法人として、本学の中に障がい者就労によるカフェを開いています。学生は約1,000人が、同法人が運営するボランティアセンターに登録しています。本学としても、座学では得られない実学を身に付けてもらう場としてボランティアを重視していますし、同法人は本学学生の就職先にもなっています」。いわば、卒業生は大学の教育力の一部。こうした優れた地域リーダーの輩出こそが、地域課題に取り組む大学の使命の一つでもあろう。

●大学を地域の強みに

現在は学内のみの取り組みだが、「胃がん予防プロジェクト」も特筆すべきである。ピロリ菌研究の世界的権威である浅香学長は、胃がんの約98%はピロリ菌が要因であることを突き止めた。この研究成果をもとに、全学生を対象に菌保有の有無を検査し、陽性者には治療費補助を出したうえで除菌治療を推奨している。この取り組みを町にも広げようと町役場に提案、町長も同調し「胃がんゼロの町」を掲げるべく予算措置を議会に図るという。
宮司正毅町長は、三菱商事で欧州会社社長や常務執行役員を務めた経歴を持つ。2013年に町長初当選、現在2期目である。グローバルな企業人としての客観的視点から町の状況を分析し、大学の存在は大きな強みであると判断。2016年から連携協議会がスタートした理由もこの辺にあるのだろう。「町長と学長は携帯電話で直接話すほどの仲です。また、現場レベルでも、教職員が町役場に行って各部局で気軽に相談できるようになりました。町の広報誌にも大学の記事が増えました」。町が動けば大学も動ける。当然ながら、大学連携は、相手あっての取り組みである。
この大学の地域連携の特徴は二つある。
一つ目は、地域経済に貢献する住民としての教職員・学生の存在である。人口16,000人に対して、1,000人の学生が居住するならば、町人口の約6%となる。また、町職員数は200人程度に対して、教職員数は700名を超える。自治体から見れば、大学関係者が地域の経済活動に及ぼす影響は大きい。1,000人の学生が町に住めば、若者が目に見えて増える。地域の高齢者等には心強い存在に違いない。
この規模はJR札沼線にも影響を及ぼしている。2018年、JR札沼線の「沿線まちづくり検討会議」において、JR北海道は、「北海道医療大学駅」以遠については利用者が少ないことから廃線とし代替バスへの転換を示し話題となった。教職員と学生のおよそ3分の2がJRを利用し、大学駅で乗降するため、札幌駅から北海道医療大学駅まで約30kmの沿線の地域にとって、大学の存在が鉄道を存続させているという意味でも重要であろう。また、JR北海道の提案が現実のものになると、大学にとっても重要な意味を持ってくる。つまり、北海道医療大学駅は、当別町以北・以南の市町村からの鉄道とバスのターミナルになるからである。この時に、大学と駅が有機的な連携を構築できているか、どのように発展を目指しているか、また、医療や福祉のハブとなるための具体策をも考えておかなければならない。
二つ目が、北海道という地域特性のもとでの医療の特徴である。当別町は特別豪雪地域に指定されており年間の降雪量は約600cm。冬期間は路面も凍りつくため転倒の危険があり、とりわけ高齢者は家にこもりがちになる。リハビリテーション科学部の理学療法士鈴木英樹教授と作業療法士の浅野葉子講師らは「とうべつオリジナルの体操」として、健康増進のための体操をいくつも考案した。高齢者に限らず、秋や冬に増加するうつや自殺予防については、坂野センター長らが、町の民生委員を対象に啓発活動を行った。
虫歯予防、胃がん予防、肺がん予防、とうべつオリジナル体操...大学の予防運動によりなるべく病院に頼らない生活を目指すことも当別町の重要なビジョンである。これらは当然、この大学が長年積み上げてきた実績を総合的に町に取り入れたものでもある。今後、特に地方では、病院が閉院していく事態に迫られるだろう。近年、「予防医療」の重要性が取り上げられる機会が増えている。過疎化、高齢化する地域で病院がなくとも、できるだけ健康に、あるいは、政府が推進する在宅医療・介護によって地域で生きていくにはどうするか。その時にこの大学と町が取る方策が参考になるかもしれない。
病院・大学の取り組みを強みとしている当別町にとっては、北海道医療大学はなくてはならない存在なのである。