特集・連載
地域共創の現場 地域の力を結集する
<38>高崎商科大学
世界遺産の魅力化を促進
教職協働で実のある取組みに
富岡製糸場(群馬県富岡市)は、1872年に操業を開始した日本初の器械製糸工場であり、当時の最大の輸出品である生糸生産の原動力となった。2014年、世界遺産に登録され、年間来場者数は激増した。上野三碑(こうずけさんぴ)(高崎市)は、飛鳥時代から奈良時代にかけ、高崎市南部に建てられた石碑で、国内にある古代石碑18例のうち、最古の3例となる。2017年、ユネスコ「世界の記憶」に登録された。両文化遺産にほど近い高崎商科大学(渕上勇次郎学長)は、商学部経営学科・会計学科を設置する単科大学であり、2013年の文部科学省「大学COC事業」に採択されるなど、地域連携活動が盛んである。渕上学長、前田拓生地域連携センター長、加島勝一同センター事務長、川又彩夏同センター地域コーディネーターに聞いた。
●COC事業の概要
大学が組織的な地域貢献を重視したのは、大学COC事業に採択されてから。それ以前は教職員の個人的な繋がりで地域に貢献していた。「上信電鉄株式会社とは開学時からの付き合いで、公開講座を電車内で行う「列車シンポジウム」などを行っていました」と加島事務長。富岡製糸場は、2011年から女子学生が「工女ボランティア」に協力していたが、これが後述の幅広い展開の基礎となっていく。
大学COC事業では、上信電鉄沿線地域の観光まちづくりを推進し、新たな共有価値を創出することを目的に、「教育」・「研究」と「地域貢献」を改めて体系的・有機的に結びつけた。大学が地域との関わりで、どのように学生を育成し、地域の活性にどう貢献するのか明確にしたのである。
研究面では、地域の現状分析・課題の設定(地域課題の見える化)、地域の現状・観光まちづくり研究(地域資源の見える化)という二つのアプローチから、「地域課題の解決策の探求(地域資源の魅せる化)」を行う。「この探求に対して「地域志向教育研究費」を拠出し、2016年には7件を採択しました。この制度により、英語を専門とする渡邉美代子教授は、地域ニーズを反映させた英語テキスト「おらが群馬でおもてなし英語」を作成し、富岡市ののべ100名ほどの観光関係者に英語講座を実施しました」と前田センター長は説明する。
教育面では、①群馬を理解するための授業「地域関連科目」の充実(地域を学ぶ)、②実際に地域に出た学びを行う(地域とつなぐ)、③PBLによる地域での課題解決(地域で学ぶ)というプロセスをカリキュラムやシラバスに落とし込んだ。地域関連科目は年々増加し、2016年には13科目となり、のべ一二35名の学生が履修。前田センター長は続ける。
「日本語リテラシーという科目は、1年生の教養ゼミで地域でフィールドワークをします。地域を学び、最後にそれを「表現する」科目です」。教育活動にも「地域志向教育活動助成」として助成金制度を構築した。
この研究と教育のそれぞれのアプローチ、プロセスを連動させることで生まれる取り組みを「地域貢献」と位置づけ、点から線、線から面の活動を目指した。学内組織としては、2014年より「国際・地域交流センター」と「ネットビジネス研究所」を統合・継承した「コミュニティ・パートナーシップ・センター(現・地域連携センター)」を設置、ここが地域からの総合窓口となった。具体的に取り組みを見てみよう。
●サービスデザイン・シンキング
一つが富岡製糸場での取り組みである。先述の通り、工女ボランティアとして観光案内の協力をしていたが、世界遺産登録を機に観光客満足度調査、まちなか聞き取り調査、工女聞き取り調査を行うなど連携を発展させ、調査を通じて見えてきた課題・資源を結びつけて「富岡製糸場ルートマップの作成」や「工女おもてなしプロジェクト」を行い、富岡の魅力の見せる化に繋げた。更にこれらの成果を翌年の調査に結び付けるなど観光のPDCAを回している。「観光客から「製糸場から温泉に行きたい」との声が多かったことから、近隣の磯部温泉や磯部せんべいを紹介するマップを作成、観光客に配布して周遊を促しています」と川又氏。また、アンケート調査によると意外にも若い女性のリピーターが多く、これは「インスタ映え」するスポットが多いからではと仮説を立てた。この実証も今後行っていくという。
二つが、上信電鉄との連携である。2016年度より「地域の魅力発掘プロジェクト」として沿線全駅で聞き取り調査を行い、独自エピソードを交えた若者目線の各駅紹介パンフレットを作成。この成果に電鉄側は喜び、上毛新聞社の協力を得てガイドブック『世界遺産鉄道―上信電鉄0番線からの旅』を出版した。この他にも「ファンタジートレイン」、「クリスマストレイン」の企画協力をはじめ、ことあるごとにコラボしている。
三つ目が、上野三碑での取り組みである。前田センター長のゼミが高崎駅でアンケートを取ると、県民の65%が上野三碑を知らなかった。ただ、上野三碑だけでは観光客に訴求力がない。そこで学生が考えたのが、地元スイーツ店のマップ、ハイキングマップ作りだった。これらが功を奏し、翌年度に調査すると「知らない」との回答は3割強にまでに低下した。「学生たちに、滞留時間を長くするにはどうしたらよいか、投げかけています」と前田センター長。石碑の和歌を学術的に検証して英訳化したり、プロに頼んで作曲してQRコード化したり。あの手この手で観光をデザインする。
このほかにも、富岡市の「おっきリンピック」、富岡製糸場の「工女検定」、富岡製糸場七夕まつり「繭に願いを」、たかさき雷舞フェスティバル、御巣鷹山登山道整備、商大シネマ、とみおか夏まつり、桑茶を活用した観光...「大学の自主的な企画はもちろんですが、外部の企画においても企画段階から実行委員として学生に関わってもらいます。あくまで、これは教育研究活動の一環という位置づけです」と加島事務長。2016年度には、34事業に対して連携活動を行い、のべ600名を超える学生が参加した。
このように、大学の取り組みは、地域に依頼されたからと単なる思い付きで行うものではない。前田センター長は解説する。「サービス分野でのデザイン・シンキングを提唱しています。デザイン・シンキングは、試行錯誤を繰り返しながら課題解決に向かう道筋を探求し、調査し、プロトタイプを作成し、実行するプロセスですが、これをサービス分野に応用しています」。付加価値を付けた新しいサービスを常に生み出す、地域連携活動の普遍的な思考法も同時に模索しているのである。
●地域課題解決のエージェント
自治体との関係は良好だ。高崎市はもちろん、高等教育機関がない富岡市・甘楽郡下仁田町との連携協定を締結した。自治体は交流人口増加のために観光を盛り上げたいので、観光まちづくりをテーマに教育を展開する大学と方針が一致する。「市役所の各担当部署は、新しい事業を立案する際には、事前に相談を受けることもあります。その後、委員会委員に招聘されることも多いです」と加島事務長。
2014年には、富岡市の支援を受けて中心市街地空き店舗に「富岡サテライト」を開設。翌年、高崎市の空き家対策事業による財政支援を受け民家の改修を行い「山名拠点」を開設した。現在はスタートアップの役目を果たし閉館となっているが、新たな拠点を検討中。両施設は、教育研究はもとより、公開講座や地域住民との学習会、会議や活動等にも開放してきており今後も続く。
地域住民は元気で、観光振興にも熱心だという。沿線での聞き取り調査時には、「地元の人たちが、もっと地域の魅力を伝えたい、大学と一緒に盛り上げていきたいと仰るのです」と川又氏は言う。また、高崎信用金庫やしののめ信用金庫など金融機関とも連携し、各市の観光協会との連携は相互にとって相乗効果をもたらしている。「地域の産・学・官・民・言(メディア)・金(金融機関)のプラットフォームとして、繋がりをとても大切にしています」と渕上学長が胸を張るのも頷ける。大学は外部からの相談に対して、まずは課題研究として取り組み、この繋がりを組み合わせ、資源を活かして魅力化、解決を目指す。メディアにも声をかけて、取り組みを内外にアピールする。商科大学ではあるが、アプリを開発するし、市民活動には関わるし...と地域課題解決のプロデューサーでありエージェントである。当然、誰もができることではない。地道な信頼の積み上げがなによりの強みとなっている。
この大学の職員の力も特筆すべき点である。加島事務長や川又氏らは地域の様々なセクターに飛び込み関係を構築したのちに教員と引き合わせる。上信電鉄は、先述の3市町、そして甘楽郡甘楽町を通っている。この甘楽町との連携も長らく望まれていた。「どのような連携ができるか、機会あるごとに町に出ては関係する皆さんと話をしました。ある時、町のとある団体から観光インターンができないかと依頼がありました。早速持ち帰り、学内でも調整し教育プログラムとして設計して、このたびスタートすることとなりました」と川又氏は述べる。学外はもちろん、学内調整も職員が行う。この熱心な教職協働の姿勢があればこそ、地域連携は実のあるものとなっていく。
●楽しさが起点となる
「重要なのは楽しいということです。学生に主体的に関わってもらい、地域側に気持ちよく引き受けてもらうには、根底には楽しさが必要です。その道のプロたちが真剣に楽しむからこそ、誰もが楽しめるものになります。そして、「また、やりましょう」と声をかけられるのです」と前田センター長。渕上学長をはじめ教員のフットワークは軽く、職員はとにかく動く。楽しいからこそ、進んで巻き込まれてくれる人・組織が増えていく。大掛かりになれば話題性が高まり、メディアも乗ってくる。楽しさだけでは生活できないかもしれないが、楽しさが地域で生活する意味と意義を与えてくれる。
短期大学部現代ビジネス学科ホテル・ブライダル・ビューティーコースでは、2017年から、模擬ブライダルを実施している。群馬県中の結婚式場で構成される「ぐんまウェディングチーム」との連携が強く、2018年には吉井町多比良の田んぼで行われる「どろんこ祭り」で、「どろんこ結婚式」を企画した。「吉井公民館館長から、「純白のドレスでどろんこの中を走るのはどうだろうか」と相談があり、チームに話したところそれは楽しそうだと(笑)。とんとん拍子で話が進み、当日は約1万人が参加する企画となり、メディアにも多数取り上げられました」と前田センター長は振り返る。
こんなエピソードがある。女子学生にどこで結婚したいかと質問すると、口を揃えて東京と答えた。しかし、披露宴メニューや飾り付け等をよくよく検討すると、地場産のものを使用したくなる。そこで最後に同じ質問をすると...「群馬しか考えられない」。
「きちんと調べてみれば、地域にもっと貢献したいという気持ちに向き合うことになります。地方創生に重要なことはこういう経験だと思います」と加島事務長。学生の学内調査によると、67%が地元就職を希望した。その理由として様々な地域企画に取り組んだ結果、地域の魅力に気づいたことが大きく影響したと結論付けている。
「この地域は、商業地区も観光地もベッドタウンも過疎地域も中山間地も全てあります。この地域を活かして実証的にアプローチすることが本学の強みにも繋がると考えています」と前田センター長。地元からの入学者、地元への就職者ともに学生の7割ほど。渕上学長は、大学COC事業平成28年度成果報告書の冒頭にこう書いている。「いかに「魅力ある地域」を作り上げるのか、それは「魅力ある大学」でなければ実現できませんし、しかも大学のみでできることでもありません」。魅力ある大学は魅力ある学生、教職員から生まれる高崎商科大学は、すでに地域に強い魅力を放っているのである。