特集・連載
国際交流
-終-キャンパス・アジアアジア高等教育圏を目指して
グローバル人材の育成とキャンパス・アジア構想
日本の大学のグローバル化と留学生の人的交流
キャンパスアジア構想は、突然出てきた政策とはいえない。アジア版エラスムス構想として議論される契機となったこの政策が、自民党政権下の「アジア・ゲートウェイ戦略」構想や「留学生30万人計画」の延長にあることは理解できる。この政策が日本私立大学協会加盟校を中心とした私立大学にとって、どのような影響をもたらすのかを考えてみたい。
最初に、日本の大学がどの程度グローバル化に対応できているのかを確認しておこう。
大学間交流協定は平成20年度現在、のべ1万4867件、国立6335件、公立600件、私立7932件である。同年の大学数が765(国立86、公立90、私立589)であるから、1大学平均19件、私立だけでも14.7件の協定を結んでいる。国別に相手先の上位をみると中国2973、アメリカ2183、韓国1659、イギリス712、フランス653の順で、協定締結校全体の71.5%の大学がアジアの大学と提携を結んでおり(北米は56.5%、欧州は49.3%)、交流相手として、すでに欧米を東アジアがしのぐ状況になっている。とはいえ、内容は包括協定レベルが大多数で、具体的な交流実績はこの数字を下回っているとみていい。
留学生受入人数をみると、日本は13万2720人(2009年)と、中国22万3499人(2007年)を大きく下回っている(韓国6万3952人(2007年))。しかし、これでも全高等教育機関在学生数に占める留学生の割合は日本が3.8%、中国は2.0%、韓国は1.1%に過ぎず、オーストラリア33%、英国27%、ドイツ12%、フランス12%、米国6%(文部科学省「大学の国際化と留学生政策」2010年)といった欧米先進国と比べ、留学生比率はわずかに過ぎない。
留学生の受け入れ時期をみても、日本の入学時期である4月以外に学部への入学を認めているのは9.8%の75校にすぎず(国立15、公立1、私立59)、その留学生数は1175人にすぎない。大学院で4月以外の入学の165校、2911人と比べても半数以下である。9月入学が大部分を占める欧米や中国からの留学生の受け入れに対する配慮はほとんど制度化されていないといってもいい。学生確保先や交流先と考えても、双方向の学生の往来には課題が大きい。
グローバル人材の育成に必要なこと
筆者は昨年3月まで、経済産業省と文部科学省が共管する産学人材育成パートナーシップ・グローバル人材育成委員会の審議に加わり、グローバル人材育成策について産業界の代表者と意見交換する機会を得た。この委員会では「グローバル人材」育成とは、①主体的に物事を考え、②多様なバックグラウンドをもつ同僚、取引先、顧客等に自分の考えを分かりやすく伝え、③文化的・歴史的なバックグラウンドに由来する価値観や特性の差異を乗り越えて、④相手の立場に立ってお互いを理解し、⑤更にはそうした差異からそれぞれの強みを引き出して活用し、相乗効果を生み出して、⑥新しい価値を生み出すことができる人材、を育成することと定義した(産学人材育成パートナーシップ・グローバル人材育成委員会報告書、2010)。こうした条件を充たした人材の育成が広く大学に求められる。
「グローバル化と急速なネットワーク化の進展(激しいビジネス環境の変化に即応できる情報収集能力・対応力)」や“国境を越えた事業活動の活発化”に参画できる「海外の高度人材の活用」といった事項が、人材育成のニーズとしてまとめられた。これらの課題の背景には、日本企業が新興国市場で苦戦を強いられ、かつて高品質で世界を席巻した日本製品の世界市場でのシェアは低下傾向にあり、今後の成長が見込まれるアジアを中心とした新興国の市場においては、進出先市場のニーズを的確に捉えることによって成長してきた韓国勢に比べ出遅れているといった強い危機感が共有された。
グローバル化対応で出遅れが指摘される一方で、若者の海外離れと内向き志向は強まっている。将来、グローバル人材としての活躍が期待される“若者”の海外志向は低下傾向にあり、海外留学者数は平成18年で約7.6万人、過去3年間は減少に転じている。また、新入社員の海外就労・勤務に対する受容性も低下傾向にあり、海外では「働きたくない」新入社員が全体の3分の1以上、もし海外赴任を求められたら「退職しても拒否する」、または、「できるだけ拒否する」が計3分の1に達する(産業能率大学「第3回新入社員のグローバル意識調査」2007)。こうした状況においては、海外拠点の設置・運営に際して直面している課題として、企業の74.1%が「グローバル化を推進する人材」と認識されるほどになっている(経済産業省「グローバル人材育成に関するアンケート調査」2010)。
グローバル人材を育成するためには、国内でも求められる社会人基礎力等の汎用的能力・スキル、「外国語でのコミュニケーション能力」に加えて、「異文化理解・活用力」と名づけられた、(1)多様な文化や歴史を背景とする価値観やコミュニケーション方法等の差違(=「異文化の差」)の存在を認識して行動すること、(2)「異文化の差」を「良い・悪い」と判断せず、興味・理解を示し、柔軟に対応できること、(3)「異文化の差」をもった多様な人々の「強み」を認識し、それらを引き出して相乗効果によって新しい価値を生み出すこと等、の必要性が強調された。
グローバル人材というと一部の有名大学のエリート層に焦点をあてた議論になりがちであるが、実際にはより広範な、普通の大学生がこうした力をつけてもらわなければ、これからのアジア諸国をはじめとするグローバル社会とのつきあいには対応できない。グローバル人材育成委員会での議論はそこまではたどり着いた。
キャンパスアジアはなぜ必要か
そのためには、20代の早い時期に海外の現地(特に、今後インバウンドでもアウトバウンドでも重要性が増すといわれているアジア)において、学生自身がそこでの空気を吸い、さまざまな体験をすることが有効策である。具体的には、①産学官による海外留学・海外学習の機会(海外大学との連携による交換留学プログラム、海外インターンシップ・プログラム等)、②政府レベルでの国際的な(アジア諸国を中心とした)大学間連携の促進、③企業による海外留学経験者の積極採用、④企業のキャリア・パスのグローバル化等が委員会報告ではあげられているが、①や②のためには、教育の質保証のための共通土俵となるルールが必要になる。
もう1つの背景としては、OECDがフィジビリティ・スタディを進めている、AHELOに代表される、高等教育の質保証の“世界の主導権争い”は厳しさを増している。ヨーロッパ諸国と、アメリカを2つの極として、さらにオーストラリアや中米諸国、中東諸国なども加わり、自分たちに有利なテストになるようにせめぎ合っている。このスキームが実現されるにせよされないにせよ、世界で最も成長する地域であるアジア地域の高等教育に質保証をテコに影響を及ぼそうとしてくる。その時に日本をはじめアジア諸国が、受け身的に“草刈り場”にされるのか、自らの地域内で自律的に質保証のシステムを構築しているかの差は大きい。
こうした情勢からすれば、キャンパスアジア構想に対応した質保証のメカニズム構築とそのためのケース・スタディの蓄積は不可欠である。そのケース・スタディには、グローバル30クラスの大学だけでなく、グローバル化に幅広く対応していくために、普通の私立大学が参画していくことが必要ではないだろうか。