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国際交流

-1-ヨーロッパ高等教育改革の潮流

前国立国会図書館調査及び立法考査局専門調査員   木戸 裕

 ヨーロッパでは、「ボローニャ・プロセス」と呼ばれる高等教育改革が進行中である。これは欧州の学生が大学間を自由に移動しながら共通の学位、資格を得られる「ヨーロッパ高等教育圏」を構築しようという試みである。このたびは、木戸 裕・前国立国会図書館調査及び立法考査局専門調査員が、日本私立看護系大学協会平成22年度総会において行った講演に基づき寄稿して頂いた。全3回。

 本稿では、次の3つの問題を見ていきたい。①現在ヨーロッパの大学には、どのような問題状況があり、全体としていかなる取組みが行われているか、②そのなかで大学は、どのような変貌を遂げつつあるか、③ヨーロッパの高等教育改革は、世界的な大きな流れの中で、どのように位置づけられるか。それは、わが国にどのような示唆を与えるか。なお②は、ドイツを事例に取り上げる。
高等教育をめぐる一般的状況と課題
ヨーロッパの高等教育をめぐる一般的状況と課題をまとめると、次のようになろう。
①エリートの大学からマス化する大学への移行と「入学制限」の導入:多くの国々では、これまでは後期中等教育の修了試験が大学入学資格試験を兼ねており、これに合格した者は、改めて大学入試を経ることなく大学に入学する権利があるという意味で、「オープン・アドミッション」の制度が採用されてきた。それが、資格をもった者の中から入学者を選抜するという「セレクティブ・アドミッション」の制度へと、変更を余儀なくされるようになった。
②後期中等教育と大学とのアーティキュレーションの多様化:ギムナジウムを経なければ大学には進学できないように、一元的に接続していた後期中等教育と高等教育とのアーティキュレーションも多様化してきた。
③多様な高等教育機関の出現と高等教育システムの構造変化:従来の伝統的な大学(ユニバーシティ)に加えて、様々なタイプの高等教育機関が出現してきた。
④ドロップアウト率上昇と教育の重視:大学生のドロップアウト率が増加している。そこから、学生に対する教育の強化が、大学改革の大きなテーマとなっている。
⑤公的支出の削減とそれにともなう諸々の影響:このように問題状況を抱えながら、いずれの国をとっても、厳しい財政状況のもとで、公的支出がままならない。
以上のような状況を背景に、大学が社会から評価される時代になったということができよう。各大学は、それぞれに投じられた公的資金の使い道について、広く社会の「評価」を受けなければならないという考え方が大きく浮上してきた。
リスボン戦略と二つのプロセス
ヨーロッパにおける教育をめぐる流れを見てみよう。2000年3月にリスボンで開かれた欧州理事会(EU首脳によるサミット)で、2010年までに、「世界でもっとも競争力のある、ダイナミックな知識を基盤とした経済空間を創設する」ことを目的とするリスボン戦略が策定された。教育は、リスボン戦略を推進する重要な要素として位置づけられている。
高等教育では、ボローニャ・プロセスという高等教育改革が進行しており、EU加盟27か国にとどまらず広くヨーロッパ46か国が参加している。職業教育では、コペンハーゲン・プロセスが進行しており、ヨーロッパ32か国と欧州委員会が中心となり、ヨーロッパ全体に共通する資格枠組みの策定作業等が進められている。この二つのプロセスは一体となり、リスボン戦略の目的の達成に寄与している。
5つのベンチマーク
リスボン戦略の展開の中では、教育の領域でとくに力点をおいて推進されなければならない課題として五つ挙げられている。①早期学校離学者(前期中等教育段階の学校に学んだあと、継続する学校教育、職業訓練を何ら受けることなく学校を離れている者)の減少。②数学・自然科学・工学の大学卒業生の拡大。③後期中等教育修了者の拡大(20-24歳人口の少なくとも85%が、後期中等教育を修了する)。④青少年の読解力向上(PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の成績の向上)。⑤生涯学習参加者の拡大(就業年齢層(25-64歳)の生涯学習への参加率を平均して12.5%以上とする)。
図は、スタート時の2000年を「0」、目標達成の時点である2010年を「100」とした場合の2000年以降の数値の変化を示したもの。数学・自然科学・工学の大卒者は、2007年の時点ですでに目標値を大幅に上回っている(「100」の目標に対し「224」)。生涯学習の参加者拡大、早期学校離学者の減少、後期中等教育修了者の増加は、目標より遅れているが進展はしている。しかし青少年の読解力向上は、現状はマイナスとなっている。
ボローニャ・プロセスの展開
ボローニャ・プロセスは、1999年にヨーロッパ29か国の高等教育大臣が、大学発祥の地であるボローニャに集い、「ボローニャ宣言」を採択したことに始まる。同宣言では、大きく次の6つの目標が掲げられた。
①容易に理解できて、比較可能な学位システムの確立、②学部・大学院という段階化された大学構造の構築、③ヨーロッパ単位互換制度(ECTS)の導入と普及、④学生、教員の移動の促進、⑤ヨーロッパレベルでの質保証の推進、⑥ヨーロッパという視点に立った高等教育における「ヨーロッパ次元」の促進。
これらを達成することで大学を自由に移動でき、どこの大学で学んでも共通の学位、資格を得られる「ヨーロッパ高等教育圏」(EHEA)を構築することが最終的に目指されている。
多くのヨーロッパ諸国では、アメリカのような学士、修士、博士というように段階化された構造はこれまでなかった。また何単位で卒業といった単位制度も採用されてこなかった。大学で行われている研究と教育の質を評価するという考え方とも縁遠かった。こうしたヨーロッパの伝統的な大学像が、世界的な大学改革の潮流の中で、大きな変貌をとげている。その流れの中心に位置づけられるのがボローニャ・プロセスであり、ヨーロッパの大学を大きく変革させようとしている。ボローニャ宣言のあと2年ごとに、フォローアップのための高等教育大臣会議が開催されている。