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平成30年1月 第2712号(01月01日)
全国外大連合通訳ボランティア
国際交流の輪、私たちが広げる
2018平昌冬季五輪 2019ラグビー東京
国際スポーツ大会で貢献
神田外語大学副学長 金口恭久
今年2018年は平昌(ピョンチャン)冬季五輪、2019年は日本でラグビーのワールドカップ、2020年は東京五輪と国際スポーツ競技のビッグイベントが目白押しだ。この3つの大会に、全国7つの外国大学で組織する全国外大連合は、通訳ボランティアとしてお手伝いする。準備段階から本番までの取り組みと今後の展望について、神田外語大学副学長(元東京外国語大学理事)の金口恭久氏に寄稿してもらった。
2020東京オリンピック・パラリンピック 言語で「おもてなし」
全国外大連合の成り立ち
読者の皆様は、「全国外大連合」を知っているだろうか?全国外大連合とは、「全国外大連合憲章」の下に集う、日本語名に「外国語」ないし「外語」という固有名詞を持つ、外国語教育研究に主軸を置いた全国7つの国公私立大学(関西外国語大学、神田外語大学、京都外国語大学、神戸市外国語大学、東京外国語大学、長崎外国語大学、名古屋外国語大学(50音順))で構成される、設置者の違いを超えた大学連合である。
本憲章の下の7大学の協力関係は、1997年に、東京外国語大学の当時の中嶋嶺雄学長の呼びかけで開催された第1回全国外大学長会議が淵源である。各大学間の教育研究や大学運営等についての討議や情報交換を行う場として始まったが、現在まで引き続き開催されている。開催当時は、大阪外国語大学も含む8大学でスタートしたが、同大学が大阪大学と統合したことで7大学となった。
このような過去からの実績をふまえ、これをさらに発展させ具体的な連携を図るために、2013年11月に開催された第17回全国外大学長会議で、「全国外大連合憲章」の締結について提案があり、2014年6月26日に調印が行われた。
憲章は「連合を構成する各大学がそれぞれ独立を保ちながら、21世紀グローバル社会にふさわしい人材の育成のために、各大学に共通する基本理念の実現と各大学の豊かな個性の発展を目指して、教育研究の内容に応じてさまざまな連携を図ること」を謳っている。
7大学は、設置形態も一様でなく、その成り立ちも違い、建学の理念にもとづき大学ごとに個性や特徴がある。かつ、地域的にも関東から九州まで広域にわたることから、一部の大学連合に見られるようなタイトな連携の方向を指向するのではなく、それぞれの特性や考え方に十分配慮した緩やかな連携を目指すことを共通理解としている。したがって、会長や幹事校を置いていない。
筆者は、神田外語大学と前任の東京外国語大学で、長らく7大学学長会議と全国外大連合に関わってきた。その立場から、全国外大連合で今取り組んでいる通訳ボランティア育成のための事業と今後の展望について述べてみたい。
2020年東京五輪に向けた通訳ボランティア育成
このような経緯と共通理解の下に全国外大連合憲章が結ばれたわけだが、締結当初は、どのようなことから着手していくのか、暗中模索の状態だった。
すでに、7大学のうち、特定の2大学間あるいは3大学間のような枠組みでは、学生の交流や共同研究の実績も十分にあったことから、それを超えて、「全国外大連合の枠組みのなかで7大学が地域を越えて参加して行われるプロジェクトとして適切なものがあるのか?」が問われた。
もとより7大学の稠密な連携を目指すものではなかったことから、7大学共同で行うにふさわしい取組がなければ、それはそれでやむを得ないというのが各大学の認識だったと受け止めている。転機となったのが、来たる2020年の東京オリンピック・パラリンピックだった。
東京でオリンピックを開催することは、多くの国民が待望していたもので、国をあげての一大ビッグプロジェクトだった。参加国・地域のアスリート、大会関係者のみならず、世界から大勢のお客様が日本へ来ることが見込まれる。
大会そのものは、オリンピックとパラリンピックを合わせても1ヶ月程度だが、他の国際的なスポーツ大会やイベントに例を見ない、外国語を使ったコミュニケーションの重要性が高まり、それにともない外国語を使ったボランティア活動の機会が飛躍的に増大することが想定された。
7つの外国語大学または外語大学(以下、外大と称する)を合わせると、専攻として学生を募集している外国語だけでも30近くになる。加えて、選択外国語科目まで含めると、学生が学んでいる外国語の総数は相当の数に達する。
また、外大での外国語の学修は、他大学と比べ到達目標も高く、高度な外国語の運用能力を保持している学生も少なくない。オリンピックは外大生にとって常日頃の勉学の成果を発揮できるとともに社会に貢献できる格好の機会である。
これを背景に着手したのが「全国外大連携プログラム通訳ボランティア育成セミナー」だった。このセミナーを主唱し、全国外大連合としての開催を呼びかけたのが神田外語大学だったことから、第1回目のセミナーは、千葉市にある神田外語大学のキャンパスで2015年8月24日から27日にかけて行われた。
外大生は言語運用能力に長けた学生が多いが、4日間のセミナーでは、通訳技法やスキル等の語学力の涵養だけでなく、スポーツ文化、日本文化・異文化理解、また、おもてなしのホスピタリティーに関することなどを幅広く学べる講座を提供した。参加した学生の数は236名にのぼった。
参加者の受講後の感想は好評で、「通訳の技法だけでなく、おもてなしの心の大切さを学ぶことができた」や「常日頃の自分の行動を見直すきっかけになった」などの意見が寄せられた。
通訳ボランティア育成セミナーは、第2回が2016年2月に開催され、2017年9月までに計5回開催されている。参加者は、累計で全7大学から1336名に達する。2017年2月に行われた第4回セミナーは、会場を初めて関西地区に移し、京都外国語大学が幹事校として実施された。
全国外大連合を代表する取組として行われるようになった通訳ボランティア育成セミナーだが、開始当初は幾多の困難に直面した。ボランティア通訳に対する理念の食い違いといった本質的なことから、セミナー開催までの調整の煩雑さなど事務的な負担も大きく、担当者どうしの意思疎通も必ずしも十分とは言えなかった。しかし、回を重ねるにしたがって、経験値が積み上がっていき、大学間の理解や協力も深まり、現在では円滑に実施されていると認識している。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、全国外大連合では通訳ボランティア育成セミナーを年2回程度開催していくが、このセミナーを受講した学生のなかには、既に卒業し、社会人として各分野で活躍している人も少なくない。現役学生だけでなく、卒業生も2020年の本大会でボランティアとして活躍することが期待されている。
2019年ラグビーWカップ等への取組
全国外大連合が行う通訳ボランティアの育成は、2020年東京オリンピック・パラリンピックに限らない。日本では、これから大きな国際スポーツ大会が次から次へと開催される。2019年のラグビーワールド(以下W)カップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年はワールドマスターズゲーム関西の開催が決定している。目を海外に向けると、近隣の東アジアにおいて、2018年には韓国の平昌(ピョンチャン)で、2022年は中国の北京で、冬季オリンピック・パラリンピックが開催される。
全国外大連合では、2015年10月に、ラグビーWカップ2019組織委員会と協力協定を締結。ラグビーWカップは、オリンピックと異なり、北は北海道札幌から西は九州熊本まで広域に全国12都市で開催される。
東京都や横浜市、大阪市のように大学が集積している大都市でばかりで開催されるわけではないことから、ボランティア通訳の確保が課題となる都市・地域も出てくる。関東から九州にかけて立地している7つの外大が協力して、開催各地域でのボランティア通訳の活動に関わることは意義あることと考えられる。これまで計5回開催した通訳ボランティア育成セミナーでは、ラグビーWカップも念頭に置いた講座も実施している。
ラグビーWカップに関しては、地元の高校生を対象としたセミナーを2018年夏に原則として各開催地で実施することが、2017年10月に開催された第21回全国外大学長会議で了承された。2017年に神田外語大学が首都圏4カ所と静岡県で試行的に行ったセミナーの成果にかんがみ、全国外大連合の事業として開催地で実施することになった。高校生が大会に関心を寄せ、主体的におもてなしの行動に取り組むことを期待している。
また、2021年には、ワールドマスターズゲーム2021関西が開催される。4年ごとに開催される国際競技大会で、概ね30歳以上のスポーツ愛好者であれば誰もが参加できる生涯スポーツの祭典。全国外大連合は2017年11月に同組織委員会と協力協定に調印した。開催地域を考慮して、京都外国語大学が主幹校となって7外大の調整を図ることになった。
2018年ピョンチャン冬季五輪に向けた取組
全国外大連合の取組で特筆できるものとして、平昌冬季オリンピック・パラリンピックへの協力があげられる。7外大では、韓国語(朝鮮語)を専攻する学生も少なくない。また、世界各地域よりお客様が来られるオリンピックでは、他の言語を専攻する学生であっても活躍の場が見込まれる。
平昌冬季オリンピック・パラリンピック組織委員会とコンタクトを取ったところ、全国外大連合の学生の通訳ボランティアとしての参加を歓迎する旨の回答があった。そこで、2016年6月にソウルで行われた組織委員会と各ボランティア組織との調印式に筆者も赴き、日本からの唯一の協力団体として協定書に調印した。
その後、7大学から参加希望者を募り、大学によっては選考を経て期日までに計100名がエントリー。2017年9月に事前講座を行い、2018年2月には韓国に渡航し、現地での研修を経て、平昌冬季オリンピック・パラリンピックに臨む。
なお、現地では組織委員会等との連絡調整には韓国語が欠かせないことから、参加者は一定規模のグループを作り活動に従事し、各グループに必ず韓国語が堪能な学生を配置する。
平昌での通訳ボランティア活動実施にあたっては、日本国内で開催される国際スポーツ大会とは異なる様々な課題がある。生活言語や生活・健康などの環境が変わることへの気遣いをはじめ、関係省庁との緊密な連携も欠かせない。昨今の東アジアを取り巻く国際情勢の動向には十分過ぎるほどの目配りが必要で、学生の安全を最優先に考え取り組んでいきたい。
今後の展望
近年、少子化の影響を受けて、大学の経営をめぐる状況は極めて厳しいものがある。本年2018年から18歳人口は一段と減少し、一層難しい時代に直面する。
外大の場合は、それに止まらない。2000年以降、有力大学を中心とした国際教養系学部の設置の動き、また、スーパーグローバル大学の指定に代表される各大学における外国語教育の充実に向けた取組など、すでに英語をはじめとする外国語教育が、外大の絶対的なアドバンテージとして世の中に映らなくなってしまっている現実がある。
筆者は、東京外国語大学在任中、毎年夏に全国7都市で開催される主要大学説明会にできる限り足を運び、受験生やその保護者と向き合ってきた。その際、もっとも多かった問いは、「外国語学部と国際教養系の学部はどちらがいいのか?」、「総合大学でも英語教育充実に取り組んでいるなかであえて外大に進学する意義は?」だった。筆者なりに、誠意を尽くして一つ一つ丹念に答えていったが、ここに、まさに現在の外大が直面する課題が収斂されていると受け止めている。
通訳ボランティア育成事業は、この苦境を打破する一つの鍵になると強く認識している。これぞ、まさに外大でなければできない取組で、かつ、7つの外大が力を結集することで相乗効果が現れ、十重二十重に、外大の存在意義を再認識してもらい、そのプレゼンスの向上のために大きな役割を果たすものと考えている。このことを胸に刻み、今後とも、7大学の協力の下に全国外大連合における通訳ボランティア育成に取り組んでいきたい。