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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.235
国立大学で今何が起きているか−現状と今後の方向性

本間 政雄(大学評価・学位授与機構教授(国際連携センター長))

1、法人化によってできるようになったこと…機動的・戦略的大学運営
 法人化の目的の一つとして、学長を中心とした機動的・戦略的大学運営、すなわち民間企業の経営手法の導入があった。民間企業は国内外のライバル企業から激しい競争に日々さらされており、生き残りをかけて企業経営を行っている。そこで重要なのは迅速果敢な意思決定であり、経営トップの迷いや幹部の決定先送りは致命傷となる。
 国の規制と右肩上がりの国家予算に守られてきた国立大学には、基本的に競争はなかった。このような状況は、法人化、私立大学からのイコール・フッティング論の台頭、18歳人口の急減と対照的な大学数の急増、国境を越えた高等教育機会の拡大など、国立大学を取り巻く内外の環境の変化により一変した。
 法人化後、国立大学は自らの責任で様々な決定を行うことになり、毎年の運営費交付金の削減によって効率的で効果的な資源配分を行うことが必要になった。これまでのように、資源配分は文部科学省が決めたとおり、定員削減は部局横断的に一律というような思考停止、戦略性を欠いた大学運営はもはや通用しない。
 また、法人化によって役員会、経営協議会が審議機関として新たに加わり、大学によっては法人化後の重要課題になった財務、企画に関する全学委員会を新設しているが、従来のように意味のない会議体をいくつも設け、だらだらと会議を続けるような非効率なやり方のままでは、意思決定の速度はさらに低下するであろう。機動的で戦略的な大学運営が行われるかどうかは、総合大学と中小規模の大学とでは自ずと条件が異なる。前者では資源配分が「横並び」になりやすいし、意思決定にも、調整に多くの時間と労力がかかる。一方、後者では比較的メリハリのついた資源配分が行いやすいし、意思決定も概して早い。加えて、学長の指導力、大学運営に関する姿勢も、意思決定のあり方、速度を左右する。学長と役員が責任を持って決めるべきこと(人件費、給与水準、財務計画、労務など)と、部局の意見を踏まえて決めるべきこと(入学者選抜方針、カリキュラム編成、教員人事制度など)を峻別し、学長として大学のあるべき姿について明確なビジョンを描き、教員や部局の抵抗を排して、その実現のために思い切って資源を集中できれば未来がある。抵抗と混乱を恐れて前例踏襲、部局横並びを続ければ確実に大学は地盤沈下していくであろう。
 大学によって違いはあるが、教職員数の一定比率(2〜5%程度)を定削方式によって生み出し、これを「戦略的定員」として、学長が大学としての重点分野に配分したり、企業からの教員個人を特定した寄付金や外部研究資金の間接経費の一定割合(京大は50%)、共同研究経費の一部(京大では10%)を大学全体でプールし、施設改修や設備購入、研究費、教育環境整備に充てるなど、多かれ少なかれ、どの大学でも実施している。資源の選択と集中という「経営」の第一歩は踏み出されたばかりといえよう。
2、法人化によってできるようになったこと…事務改革・組織改革
 国立大学の事務組織は、法人化によって行政組織ではなくなり、大学の考えで自由に編成できるようになった。また、大学の判断で、事務処理の仕方を自由に決められるようになった。もちろん、法人化は行財政改革の一環であり、効率化を旨としている以上、また、運営費の過半を税金に頼っている国立大学としての社会的説明責任を果たす意味からも、「自由に」と言っても、それはより効率的で効果的な事務を行う方向での事務改革・組織改革でなければならない。
 多くの大学で、これまでの事務を一から見直し、意味のない事務や意義の薄れた事務を廃止したり、事務処理を合理化してスピーディな対応を実現しようとしている。また、事務組織のスリム化も進みつつある。京大では、@職員人事制度改革に加え、A事務の簡素化・合理化、B事務組織の再編成、C事務職員の再配置を、「四位一体改革」と位置づけ、「限られた数の職員で、(@)効果的な教育、研究、医療支援、(A)顧客サービス、満足度の向上、(B)効率的な大学経営を実現」することを目標に掲げ、2005年5月にこれらの内容を「事務改革大綱」として役員会で決定した。
 事務の簡素化・合理化に関しては、2004年秋に様式を一新した「職員人事シート」に自由記入してもらった業務改善意見や全教職員を対象に行った「事務改善提案コンクール」(90名から184件の提案)、さらには2006年6月に行った業務の抜本的見直し作業の結果を踏まえ、計91の事務改善項目を決定している。項目ごとに担当部局を決め、実施時期を明示し、改善効果の大小により3段階に分けたうえで、効果の大きいもの、例えば、旅費規則の大幅な簡素化などに重点的に取り組んでいる。ちなみに京大では、年間6万件の国内出張、7千件の外国出張に30億円を使っているので、簡素化の効果は絶大である。諸手当の現況届の廃止、決済規定の見直しによる押印数の半減、会計伝票類の重複チェックの廃止・軽減、科研費の応募・申請業務の一元化(試行)など、既に約20項目が実施済みであり、事務量の削減に大きく寄与している。
 事務組織の再編成は、事務本部(旧事務局)の組織ミッションを抜本的に見直し、まず2005年11月に教育研究推進(学生、産学官連携推進、国際交流、共通教育推進の各部)、経営企画(総務、企画・調査・評価、人事、財務、施設・環境、情報環境の各部)という二つの本部に再編成した。その上で両本部の事務を見直し、本年4月から本部は戦略性、企画性の高い事務と広報・監査・秘書など組織管理に関わる事務を中心に構成し、専門的、定型的事務は「センター」に集中して行うことにしている。「センター」は両本部で10(人事事務、給与・共済、出納、契約・資産事務、学生サポート、キャリア・サポートなど)、病院運営部で二(外来事務、診療報酬請求事務)を予定しているが、ミッションを効率化と顧客サービス向上という企業型の原理に転換し、組織や人員も企業のように柔軟に構成することを企図している。両本部で約330名の職員(技術職員を含む)のうち、約100名が「センター」に移行することになる。ただし、企画と実施は相互に密接に関連するため、「センター」は運営上相当の独立性を持ちつつも本部と密接に連携するものとしている。
 さらに、本部を中心に約80名いる課長補佐を原則廃止し、意思決定の迅速化と責任の明確化を図る。同時に、掛を廃止し、概ね二掛を単位に「グループ」を設け、従前の課長補佐・掛長をグループ長に充てる。その編成や役割分担も課長に任せ、機動的な事務遂行を可能とすることにしている。なお、給与上の資格としての課長補佐は「参事」として残す。
 職員の再配置は、70を超える客観的指標(教員数、学生数、執行額などの基礎指標と旅行命令件数や物品購入件数などの業務量指標)に基づき、部局の特殊事情も考慮しながら、定削方式によって生み出した毎年15名の再配置要員を活用して、大学としての戦略的分野、繁忙部局に重点的に職員を配置しようというものである。
3、教職員の意識改革
 大学、とりわけ国立大学は、企業とは異なる原理で動いてきた。教育、研究、高度先進医療をミッションとしている以上、それらの特性(学問の自由、慎重な「成果」の評価、基礎研究と効率性の矛盾など)に十分配慮することは絶対に必要である。しかし、前回(第2219号)と今回で述べたような人事、財務、組織の抜本改革や経営改革もまた、避けて通ることのできない現実である。それは社会的要請であり、「国立」大学としての責務である。
 改革の実現のためには、学長、理事だけでなく、部課長から補佐・係長、最前線で事務を執行する職員に至るまで、その意義を理解し、自らその担い手になるという意欲を持つことが必要である。また教員も、大学といえども公費で賄われる組織であり、運営を可能な限り効率化し、効果的に運営する必要があることを理解し、自らの痛みを伴う改革であっても協力するという姿勢が求められる。自らの組織・定員・予算・施設・土地は絶対不可侵、執行部には一指も触れさせないというような部局エゴ、教員エゴは許されない。現状では、教員にも、職員にも、このような自らが先導者となって改革を断行するという気迫が欠けており、批判ばかりが先行して自らの考えもない。組織や制度をどう変えても、その成否は、最後は組織を構成する人にかかっている。時間がかかっても改革を企画し、先導し、引っ張っていく教職員は必ず増えていくと信じている。

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