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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.204
値上げには説明責任を!―法人化後の国立大学授業料

国立大学財務・経営センター経営部教授 丸山 文裕

1.国立大学の授業料値上げ
 87国立大学中81大学は、2005年度の授業料を53万5800円に設定した。2004年度は全国立大学一律52万800円であったので、1万5000円の値上げである。法人化後の国立大学授業料は、国の定める標準額の上限10%の範囲内で、各大学が自由に設定できる。それなのに多くの国立大学の授業料が、一律化したのは、国が標準額を値上げしたからである。そして各国立大学は、この標準額どおりに授業料を徴収すると、国から配分される運営費交付金の今年度の減額分が補填される仕組みになっている。
 この授業料設定の仕組みは、当初の国立大学法人化の目標を達成する上でいろいろ問題がある。第1に、運営費交付金の減額と授業料標準額増額を連動させることの問題である。国立大学法人化の1つの目的は、大学経営の効率化である。運営費交付金は毎年一定の比率で減額されることは、早くから公表されていた。よって各大学は資金、施設の効率的効果的利用を工夫し始めた。また人材の効果的配置も行われている。そして授業料以外の自己収入の拡大にも積極的に取り組み始めている。
 運営費交付金の減額は、このような大学の経営効率化への努力を促進する効果がある。しかしその減額が、授業料の値上げによって「容易に」カバーされてしまうと、せっかく始まったばかりの効率化や、外部資金獲得への意欲が削がれてしまう危険がある。運営費交付金の減額と授業料標準額の増額とは、切り離したほうがよい。

2.授業料と大学の個性
 第2に、国が標準額を値上げすると、多くの大学がそれに追従し、授業料が一律化する問題である。法人化の目的の1つは、大学の個性化、多様化の促進である。標準額の増額は、この目的達成を後押ししない。各国立大学が設定する授業料水準は、大学の個性の発露である。授業料を低廉に設定し、教育機会の拡大に貢献する国立大学があってもよい。また高い質の教育を保証するから、授業料を高くするという国立大学が出てきても、おかしくはない。国立大学の多様化のためには、ある程度の授業料格差が生じることを認めることが必要である。よって国は標準額をしばらく据え置き、上限の10%をもう少し上げたほうがよいであろう。つまり授業料水準に対する大学の自由裁量度を大きくすることである。
 第3に、標準額の値上げが、国立大学の掲げた中期目標・計画の遂行の妨げになることである。国立大学の中には、中期目標・計画に、高等教育の機会均等に貢献し、適切な授業料水準を設定すると公表しているところがある。そのような大学では、運営費交付金減額に伴って、標準額が値上げされてしまうと、目標・計画通りに授業料を設定できず、その達成に支障を来たす。中期目標・計画期間中は、標準額が据え置かれると考えていた国立大学関係者も少なくない。

3.授業料水準の説明責任
 第4に、国と国立大学は、現行の授業料水準や値上げの理由を、もう少し詳しく説明する責任があると思われる。筆者の計算によれば、国立大学全体で、運営費交付金の1%は、入学検定料授業料収入の3.8%に相当する。今回の値上げ1万5000円は、昨年に比べ2.9%の値上げである。よって運営費交付金の1%弱減額が、授業料2.9%値上げによってカバーされることになる。なぜ1%弱の減額が、授業料2.9%に跳ね返るのか、なぜそれを学生やその保護者の負担で賄うのか、これらの説明が必要である。また各国立大学は、学生の教育にどのくらいコストがかかっているのか、値上げ分によって学生の教育がどのようによくなるのか、との説明も必要であろう。仄聞したところによれば、2004年度末に剰余金が発生し、次年度に繰り越した大学がある。そのような大学では、授業料値上げの説明を明確にする必要がある。
 第5に、各国立大学は授業料額をもう少し早く決定、公表すべきである。国の標準額設定後にしか、決定できないのはわかる。しかし3月の半ばまで決定できないのは、改善すべきである。受験生がどこの大学を受験するのかを決定する、1月中ごろのセンター試験前には、発表すべきである。50万円を超えるサービスを売るのに、正確な値段を知らせないのはおかしい。

4.国大経営と授業料
 今のところ学生から見た各国立大学の授業料は、それほど違いはない。しかし授業料収入が大学経営に与える影響は、国立大学間で大きな違いがある。授業料値上げの誘引も国立大学間で異なる。例えば国立大学医学部や医科大学の収入は、病院収入、運営費交付金、または奨学寄附金や受託研究などの外部資金が占める。そこでの授業料収入の割合は小さい。つまり授業料を値上げしても、収入全体に寄与する割合は小さい。よって大学によっては、標準額の10%程度なら授業料値上げするより、据え置いて、優秀な学生を確保することを考える大学も出てこよう。
 しかし社会科学系学部で成り立つ大学、特に単科大学では、収入全体に占める授業料収入の割合は高くなる。人文科学系、社会科学系で成立する大学では、外部資金が限られている。よって収入増を図ろうとすると、授業料値上げの誘引に駆られる。
 ところで学生一人当たりにかかるコストを計算すると、理系および医歯薬学系が高く、社会科学系が低い。よって現行国立大学法人制度では、教育コストの低い学部で構成される大学ほど、授業料値上げのインセンティブが働く。また反対に教育コストの高い学部で成り立つ大学では、少々の授業料値上げは全体の収入増に貢献しない。そのため値上げのメリットはないという構造的矛盾を抱えている。

 5.授業料多様化の兆し
 ここでは法人化後の国立大学の授業料が一律であると指摘した。しかし同時に国立大学のなかにも法人化を機会に授業料に関して、いろいろな工夫を凝らす大学が出てきたのも事実である。例えば、北海道大学工学研究科博士課程の大学院生全員は、二年間の授業料相当額を助成される。原資は企業や自治体からの奨学寄附金や委託研究費であるという。また島根大学は、地元銀行と提携し授業料融資制度を導入する。在学期間中の利子を島根大学が負担する。返済は卒業後で、実質的には授業料後払い制度と言える。山口大学では、成績優秀者の授業料を免除を制度化するという。国立大学の授業料免除は、これまで経済的理由からなされていたが、成績に基づいた免除策は珍しい。
 これらの試みは、法人化の効果といえる。国立大学の授業料をめぐる動きに今後も注目したい。

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