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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.79
競争的資金と私大―21世紀COEと14年度科研費(下)

早稲田大学理工学部応用物理学科教授  竹内  淳

〈米国の研究大学との比較〉
 現状の国立大に多額の研究費を配分するシステムは日本独自の歴史的な経緯によっている。たとえば、米国では、ハーバード大やスタンフォード大などの私立大が著名な研究大学として成立している。その要因としては、膨大な資産とその運用や特許収入、あるいは多額の寄付などがよくあげられる。しかし、米国の私立大の財政状況を眺めてみると、運営費の実に3割にも上る公的研究費が財政上の重要な柱になっていることがわかる。たとえば、マサチューセッツ工科大の公的研究費は、六億ドルであり、これは全体の運営費13億ドルの5割近くにも達する。企業の研究開発能力を測る指標として売上高に占める研究開発費を問題にする場合があるが、マサチューセッツ工科大の総研究費は7億ドルを越えていて運営費の五割強になる。米国の研究大学が極めて研究指向の強い財政構造を持っていることが分かる。それに対して、日本では旧帝大でも研究費は運営費の1割程度にとどまっている。
 国全体での公的研究費の分布や規模も大きく異なっている。日本で100億円以上の公的研究費を受けているのは、東京大や京都大などの旧帝大の4校程度だが、米国の1999年の統計では、8000万ドル(=約100億円)以上の公的研究費を受けている大学は70校近くにも上る。その内4割は私立大であり、私立大と公立大に公的研究費の大きな差はない。日本では、科学研究費補助金(科研費)受給額の上位30校に私立大は3校しかない。たとえば2000年度の早稲田大の公的研究費は15億円で東大の1割以下であり、全米100位にも入らない。
 経済的に見て、日本の私立大が世界の研究大学に太刀打ちできないのは明らかである。理工系において私立大の学生数は、国立大の2倍もある。現状では、国立大に多額の公的資金を集中させているために、私立大側が擁する多数の人的資源を有効活用できていない。日本の大学全体の研究能力を向上させるためにはこの点の改善が不可欠である。
 日本全体で年額400億円程度(初年度182億円)とみなされる21世紀(COE)プログラムによる研究大学の重点的支援は、100億円以上の公的研究費を受ける大学が70校近くあるという米国の現実(連邦政府の公的研究費は約2兆円である)に比べて経済規模ではるかに小さい。したがって、21世紀COEプログラムに加えて、科研費(1703億円)やその他の省庁からの研究費を含めた総合的な施策の転換を図らなければ到底日本の大学に国際競争力は付加できないことがわかる。
 たとえば、筆者の研究分野である半導体工学では、青色発光素子の研究者として著名な中村修二氏が、一昨年カリフォルニア大サンタバーバラ校の教授に就任したが、サンタバーバラ校は、2000年にノーベル物理学賞と化学賞の受賞者二名を出している。そのサンタバーバラ校の公的研究費は7400万ドルで、全米71位である。米国の大学の高い研究上の国際競争力が一握りの少数の研究大学に支えられているのではなく、100校近い研究大学の群(かたまり)に支えられていることに注目すべきである。したがって、日本の大学に米国並みの競争力を付加するためには、人口比やGDP比を考慮して概算で上位40大学程度に年額100億円以上の公的研究費を交付する資金と制度が必要であり、そのための予算の確保や組替えを考える必要がある。
 現在の日本の公的研究費はほんの一握りの少数校に集中し、かつ受給額の下位に行くにしたがって急速に減少している。たとえば科研費の上位10校で、全科研費の5割に達し、10位の大学の受給額は1位校の13%である。米国の公的研究費は上位10校で全体の2割であり、10位の大学の受給額は1位校の60%もある。上位20校でも全体の34%であり、20位の大学の受給額は1位校の47%である。米国の公的研究費の方がはるかにゆるやかに減少していて層の厚い研究大学群を形成している。今後の公的研究費の増額においては、大学別の研究費で既に世界の一流大学と肩を並べている旧帝大(たとえば東大で約200億円)を財政的に支援するよりも、それに次ぐ大学群の強化が必要である。

〈平成14年度の科研費について〉
 昨年度から科研費に間接経費が認められるようになった。まだ、高額の研究種目に限られているが、米国の大学ではこの間接経費が研究教育環境の整備の重要な資金源になっている。日本でもより多くの研究種目で間接経費が認められるよう期待したい。平成十四年度の科研費の配分を見ると、私立大の申請件数はわずかに減少したが、全体の申請件数も減少しており、全体の中の割合では、25.2%から25.3%にわずかに増えた。申請金額では18.8%であり昨年と同じである。しかし、配分額は13.5%から13.4%にわずかに減少した。申請金額に比べて配分額が小さいのは私立大の特徴であり、国立大の場合、申請金額は全体の66.7%を占めるのに対して逆に配分額はそれより大きい72.7%になっている。また、私立大の間接経費は、全体の9.6%であり、直接経費13.6%よりかなり小さい。これは私立大が主に獲得できるのが、間接経費のつかない少額の研究費であることの反映である。
 現在の科研費の審査システムには公平性と客観性の観点から問題があり、私立大側としては審査システムの改善を粘り強く国に要望し続ける必要がある。また、同時に申請件数の増加や申請書の内容の充実を図る必要がある。科研費の審査では、過去の研究実績も問題とされるので、学会での論文発表を積極的に行う必要がある。私立大の教育負担は国立大に比べて重いが、単に申請件数を増やすだけではなく、教育負担に耐えながら研究を遂行する学内体制の整備も求められている。
 今年度の科研費も危機的な財政のもとでも年率で8%も伸びた。しかし、国立大と私立大などの配分比に大きな変化は認められず、大学別の配分比にも大きな変化はない。審査システムに変化がないので結果に変化がないのは自明だが、国の政策として現状が望ましい姿であるかどうかは疑問がある。米国の研究大学との比較で述べたように、米国のほうが層の厚い多数の研究大学を有している。日本の場合、少数の大学に過度に研究資金が集中しているが、相対的に研究資金の少ない大学に配分したほうが、研究効率はむしろ向上すると考えられる。
 筆者の調査によると科研費あたりの論文数は、科研費受給額の大きな大学ほど悪くなる。また、私立大の方が科研費あたりの論文数は国立大よりも多い。大学の一研究室あたりの人員は限られているので、研究費の額が大きすぎると、研究費あたりの効率が低下する。したがって、人的資源に恵まれながら公的研究費が少なかった私立大への公的研究費の増額が日本全体のためには望ましいことになる。
 現在の科研費を始めとする国の競争的資金の問題は、これまで事後評価や制度そのものの評価がほとんど行われてこなかったことにある。評価するための基礎データそのものが不足している。たとえば、米国ではNSFがこれらの議論となる基礎データをScien- ce and engineering indicators として報告しているが、国内ではそれに相当するデータ集もない。Indicatorsでは、特に人的資源と研究費について詳しく述べられているが、国内でのこの種の議論はまだまだ不十分であるように思える。日本では、NSFに相当する組織として日本学術振興会があるが、人員や予算規模でNSFよりはるかに小さく、審査能力や分析能力も相対的には脆弱である。国費の効率的な運用のためには、これらの組織の充実が必要なように感じる。

〈私立大の研究大学化〉
 現在の国の施策が続けられると国立大はその機能によって分化し階層化する可能性が高く、特に旧帝大は現在よりも研究大学化すると考えられる。私立大も、研究大学に向けて従来とは異なる努力をする必要があるだろう。すぐれた研究を生み出す要因は人(質×延べ研究時間)と研究資金にある。研究の生産性が高い相対的に若い研究者を雇用する環境の実現と研究者数の増大、また、研究者全員の研究活動の延べ時間を増やす施策が必要である。そのためには、教育体制だけでなく、研究体制の視点から学内の構造を変える必要がある。特に研究資金は米国の研究大学との格差が大きい。公的な研究費が私立大に少額しか支給されない現在の国内の制度が改善されなければ、日本の私立大が世界の研究大学に伍するのは不可能である。また、私立大が研究大学化されないとすれば、これまでと同様に国内の多数の人的資源を無駄にし続けることになる。
 日本の大学の研究能力を向上させるためには国内の人的資源と研究資金のバランスをとり総合的な施策を展開する必要がある。私立大にも研究大学を形成し、数において多数を占める私立大卒業生が、学界においても活躍できる社会構造を形成することが、日本の大学の研究レベルの向上のために必須である。
 (おわり)

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