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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.58
韓国私大の活力―大学評価とその取り組みに見る(下)

名古屋大学教授  馬越 徹

2.私立大学の大学評価への取り組み
 以上みてきたように、大教協の評価事業にしても教育人的資源部の評価にしても、韓国の大学評価は目標が明確で、日本のそれに比べて曖昧さがないところが特色となっている。もう一つの特色は、国公立大学よりも私立大学のほうが大学評価に熱心であり、戦略的に大学評価事業に取り組んでいる点である。日本にも大学評価・学位授与機構ができたわけであるが、まずは国立大学を対象に評価事業を始め、要望があれば将来的には私立大学も評価対象にするというようなスタンスをとっている。このような日本のあり方を、韓国の大学人は理解できないであろう。以下、韓国の私立大学の大学評価事業への取り組みについて、その特色のいくつかを紹介してみよう。

I.自己改革のための外部評価
 私立大学が生き残りをかけて大学改革に取り組んでいるのは、日本も韓国も同様であるが、その手法にはかなりの違いがある。韓国の私立大学は、先にみたように大教協や教育人的資源部の大学評価事業には国公立大学とともに加わっているが、特に注目すべきは私立大学が独自に巨費を投じて国内外の有名シンクタンクや経営コンサルタント会社に大学評価(外部評価)を依頼し、その報告書に基づいて大学改革のために基本計画の作成を依頼している点である。こうした民間の業者に外部評価を依頼しているのは、概してソウルの有名私立大学であり、その目的は国内的競争ばかりでなく、国際競争にも伍していける大学づくりを目指して評価を依頼しているようである。たとえばソウルの有名伝統私学である延世大学、高麗大学、漢陽大学などは、アメリカの著名な経営コンサルタント会社であるマッケンジー社や韓国の一流シンクタンク(例えば三星経済研究所等)に数億ウォン(数千万円)を払って、大学評価とそれに基づく改革プランの策定を競って依頼している。しかしながら、こうしたシンクタンクによる外部評価事業は始まったばかりであり、シンクタンクの側も今後の「需要」を当て込んで無料で引き受けることもあるらしい。またシンクタンク側の作成した評価に基づく「改革案」が大学側の受け入れるところとなり改革に成功したケースもあれば、経営陣及び教授陣の反対によりシンクタンクの評価結果を受け入れることができず失敗したケースもあるようである。しかし筆者が見聞した限り、韓国の私立大学は大学の自己改革をアピールするためにも、シンクタンクに改革案策定の依頼を積極的に行なっている。
 日本でも大学・学部の新設に際して、各種シンクタンクに改革案の策定を依頼しているケースがあるようであるが、韓国のように大学の自己改革のために民間の評価機関に巨費を投じているといった話は聞かない。ちなみに、韓国では国立ソウル大学がマッケンジー社に評価(診断)を依頼し、その結果を大学改革案に生かしたように、韓国では国立大学でもこうした試みが出始めている。ソウル大学の場合、世界水準の大学作りを目指し、マッケンジー社のアドバイスにより、各専門分野ごとにベンチマーキング大学(ほとんどがアメリカの有力大学)を作成している。

II.サバイバル戦略としての評価
 韓国の私立大学が評価事業に熱心に取り組んでいるのは、私立大学がおかれている状況に原因があるともいえる。すなわち韓国の大学進学率(短期高等教育機関である専門大学を含む)は2000年時点で70%を越え、まさに高等教育のユニバーサル段階に入っているが、近年における18歳人口の減少傾向を反映して、学生獲得競争が熾烈になっている事情がある。全学生に占める私立大学生の比率は、4年制大学の場合78%、専門大学の場合69%となっているので、私立大学間の学生獲得競争は激しさを増している。
 韓国の私立大学は、@ソウル首都圏の有力伝統私学、A地方中核都市の私学、B地方の新興私学、という三層構造をなしているので、私学間の競争も複雑である。つまりこれら三者間の競争もあれば、それぞれ各層内での競争もある。したがって各私立大学は常に大学のセールスポイントを世間(受験生・父母)にアピールしなければならない。そこで各大学が熱心に取り組んでいるのが大学評価であり、とりわけ目に見える形で評価が示される大学ランキング(各専門領域ランキング)には気を使っている。それだけに、公的機関(大教協や教育人的資源部・高等教育支援局)による評価が公表され高い評価を得ると、大学当局はキャンパスの各所に「○○大学○○学部全国評価第1位」という派手な横断幕を掲げ、大学の宣伝に活用している。大学説明会や受験雑誌にも常にランキングが明示されている。

III.評価担当職員の養成
 したがって大学の本部事務局(企画担当部門)には、事務職員の精鋭が配置されている。特に最近では、各大学は事務職員を大学院に派遣してその資質向上に努めている。2000年に開設された亜州大学(水原市)教育大学院の「大学行政管理専攻」は、こうした大学事務職員を対象とする修士レベルのコース(夜間)であり、近い将来博士コース(プロフェッショナル・デグリーとしてのEd.D.を授与)の開設も予定している。このコースは本部キャンパスのほかにソウル・ブランチ(ソウル駅前)でも開設されており、「大学改革は職員改革から」をスローガンに、大学職員の資質向上に一役買っている。学生の3分の1は亜州大学の事務職員であるが、3分の2は他大学(私立大学)の事務職員である。
 最近、筆者はこのコースを見学したのであるが、学生は私立大学の係長クラスの若い幹部候補職員であり、大学職員の専門職化に向けての意気込みに圧倒された。(国公立大学の職員は一人も在籍していない。)大学院のコース・プログラムは高等教育に関する理論(基礎科目)と実践(実務科目:海外研修も含む)からなっているが、学生側はもっと実務に役立つノウハウ(例えば大学評価における自己評価報告書−韓国では「自体評価報告書」−の書き方)を教えてほしいといった要望が出ているようである。学生は各大学から奨学金(授業料相当)を支給されているケースが多い。彼らは修士(韓国では「碩士」)学位を取得すれば、昇給・昇進の加算点が保障されている。
 このような大学職員および教育担当行政職員(教育人的資源部職員・教育委員会職員等)のSD(Staff Development)活動を大学院レベルで行なう試みは、他の大学(例えば弘益大学・教育大学院)でも行なわれ始めている。このようなコースを開設する側もコースに登録する学生側もすべて私立大学関係者であり、韓国の私立大学の意識の高さが伺える。

むすび
 以上、韓国に大学評価の現状と私立大学の対応を紹介したのであるが、いつも感じるのは韓国の私立大学の「活力」である。もちろん韓国の私立大学の中には「定員未達」で倒産寸前の大学や、理事会と教授会の対立が法廷闘争に発展している大学も少なくない。しかし「大学改革は私立大学から」という私学関係者の自負心(モラル)は依然として高い。それは常に私立大学間の「競争」から生まれてきているといえる。
 大学評価事業にしても、韓国の私立大学関係者はそれを他から押しつけられる義務としてではなく、自らの経営戦略ないしサバイバルの手段として、常に肯定的に受け取っているように見受けられる。有力私学ほどその傾向が強い。

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