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アルカディア学報

No.635

大学の学費はどのくらいが妥当なのか

研究員 白川優治(千葉大学 国際教養学部准教授)

現在、高等教育の費用負担のあり方が政治的・社会的課題として議論されている。2017年12月に閣議決定された「新しい経済政策パッケージ」、2018年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2018」(閣議決定)において、2019年10月の消費税増税を前提とした「高等教育の無償化」が設定され、支援対象者と支援措置の対象となる大学等側の具体的な要件が示された。その賛否や制度枠組みを含め、国立大学協会、公立大学協会、日本私立大学団体連合会の大学団体、高等教育研究者、大学・教育関係者等からもさまざまな見解が示されている。この動向は、これまで学生や家計が入学金や授業料などの学生納付金というかたちで負担してきた高等教育の費用負担のあり方を再構成する契機でもあり、大学の経営・教育の在り方を含め、関連する諸制度の再構築を求める動きであるといえるだろう。しかし、現在、政策的に議論されているのは、「所得の低い子供たち、真に必要な子供たちに限って高等教育の無償化」であり、授業料等の学生納付金(学費)そのものがなくなるわけではない。授業料に注目すれば、国立大学では、東京工業大学や東京芸術大学が2019年度からの授業料の値上げを公表するなど授業料改訂の動きがみられる。消費税増税により支出増加が見込まれることから、私立大学にとっても学費改訂は重要な経営課題となるだろう。他方、大学の学費負担の重さは、常に指摘されてきた社会課題でもある。「無償化」のみでなく、大学の学費水準そのものの妥当性についての議論も必要ではないだろうか。
筆者は、2017年1月から2018年3月にかけて、高等教育の費用負担と奨学金制度が社会でどのように受け止められているのかについて、東京都と青森県の2地域の一般市民(対象:2000名、回答数:587件、回答率:29・4%)、高校校長(対象:522校、回答数:163件、回答率:31・2%)、市区町村長(対象:102自治体、回答数:30件、回答率:31・0%)、そして、全国の四年制大学学長(対象:780校、回答数:188件、回答率:24・1%)を対象とする4つのアンケート調査を行った(1)。4つの異なる立場の見解から、学費や奨学金制度の現状に対する評価や考え方を多角的に検証することで、どのような学費水準や奨学金制度であれば、社会的支持・合意が得られるかを明らかにすることを目的とするものである。本稿では、四者に共通に尋ねた2つの質問の結果を紹介することで、大学の学費について考えてみたい。
まず、一つは、学費の現状はどのように評価されているのかである。アンケート調査では四者に共通して、「①国立大学の入学料(1年目のみ払うお金):28万円」「②国立大学の年間授業料:54万円」「③私立大学・短大の入学料:25万円」「④私立大学(文系)の年間平均授業料:75万円」「⑤私立大学(理系)の年間平均授業料:105万円」の5つの項目について具体的な金額を示して尋ね、それぞれについて、「安い/やや安い/妥当である/やや高い/高い/わからない」の6項目から選択してもらった。それぞれの調査対象の回答数を母数として、各質問項目について、「安い+やや安い」「妥当である」「やや高い+高い」の3つの区分により、パーセントの形でその結果を示したものが表1である。この結果から、大学学長と他三者、特に一般市民・高校校長との間で、学費の現状に対する評価に違いがあることがわかる。例えば、「高い+やや高い」に注目して見ると、「①国立大学の入学料」「②国立大学の年間授業料」「③私立大学・短大の入学料」「④私立大学(文系)の年間平均授業料」「⑤私立大学(理系)の年間平均授業料」のいずれの項目においても、大学学長が最も小さく、高校校長もしくは一般市民が最も大きい数値となっており、いずれの項目でも最大と最小では20ポイント程度の差が見られる。最も差が大きい項目は、「②国立大学の年間授業料」であり、高校校長は52・1%が「高い+やや高い」としているが、大学学長は26・1%であり、2倍の差がみられる。また、「②国立大学の年間授業料」「④私立大学(文系)の年間平均授業料」「⑤私立大学(理系)の年間平均授業料」について、「安い+やや安い」を見ると、大学学長は他三者に対して3倍も多くなっている。「妥当である」の四者を比較すると、どの項目でも大学学長が最も大きい。このことからも、大学学長とそれ以外では、学費の現状についての評価が異なる傾向にあるといえるだろう。
それでは、大学の学費はどの程度が妥当であると考えられているのだろうか。調査では、「大学に入学してから卒業するまでに、大学に支払う学費(入学金や授業料、施設利用費など全ての金額)の総額として、妥当な金額であろうと考える金額」を「①国立(文系)」「②国立(理系)」「③国立(医療系)」「④私立(文系)」「⑤私立(理系)」「⑥私立(医療系)」の6項目について、それぞれ、「無料/50万円程度/100万円程度/150万円程度/200万円程度/250万円程度/300万円程度/350万円程度/400万円程度/450万円程度/500万円程度/550万円程度/600万円程度/650万円以上/わからない」の15の選択肢のなかから選んでもらうことで尋ねた。これらの質問から学費の妥当な水準を探索的に検討してみたい。ここでは、「50万円程度」以上の金額の選択した回答者の割合(「50万円程度以降」の回答者の累積。この累積には「無料」は外している)が、各調査の母数の半分を超える金額を確認し、その金額を、広く合意を得られる可能性のある妥当な学費水準の上限と位置付けてみたい。つまり、それが400万円であった場合には、50万円から400万円までの間に全体の半数が分布しているため、400万円が妥当な学費の上限とみなせるのではないか、という仮説である。このような分析の視点を前提に、各調査から妥当な学費水準の上限をみると、「①国立(文系)」では、一般市民:250万円、高校校長:200万円、市区町村長:300万円、大学学長:250万円であった。同様に、「②国立(理系)」は、一般市民:300万円、高校校長:250万円、市区町村長:350万円、大学学長:300万円、「③国立(医療系)」は、一般市民:400万円、高校校長:300万円、市区町村長:400万円、大学学長:400万円であった。私立を見ると、「④私立(文系)」は、一般市民:350万円、高校校長:300万円、市区町村長:350万円、大学学長:350万円、「⑤私立(理系)」は、一般市民:300万円、高校校長:350万円、市区町村長:400万円、大学学長:400万円、「⑥私立(医療系)」は、一般市民:500万円、高校校長:500万円、市区町村長:550万円、大学学長:600万円であった。
この結果から、3つのことがわかる。第一に、それぞれの項目で妥当とされる上限に四者では大きな隔たりはみられないこと、第二に、国立も私立も、文系、理系、医療系の順で妥当される金額の上限が上がっていること、第三に、同一の系統同士(文系、理系、医療系)で見ると、ほとんどの場合、国立は私立よりも低い額が想定されていることである。ここで妥当とされている金額の意味を具体的にみると、現在の国立大学標準額に基づいて入学料と4年間の授業料を足し合わせると242万5200円であり、「①国立(文系)」では200万(高校校長)から300万円(自治体長)として示されている妥当な学費水準の上限と適合的である。また、私立大学文系の入学金と平均授業料4年分の合計は325万円であるので、「④私立(文系)」では、300万から350万円のあいだにほぼ収まっている。他方、「⑤私立(理系)」は、同様に計算すると4年間で445万円となるので、400万円(市区町村長、大学学長)を上回っていることになる。多くの場合、ここで妥当な学費水準の上限として示された金額よりも小さい額を選択している人が多いこと、また、大学を卒業するまでにかかる費用は入学金と授業料だけではないことを想定すると、先に示した、現在の大学の学費が「高い」と評価される傾向にあることと整合的な結果であるといえる。
調査結果を通じて示された、学費そのものが「高い」と認識されている現状をどのように考えるべきだろうか。紙幅の関係から詳細は紹介できないが、分析を進めると、大学教育に価値があると考える人は、大学教育費の公的負担を支持する傾向がみられた。価格の妥当性は、そこから得られる価値と切り離して議論することはできない。学費を「高い」とする意識は、大学教育の在り方に見直しを求めるものといえる。他方、大学教育に価値があるとすれば、そのための価格として妥当であることの説明が必要であろう。学費水準を通じて、大学教育をめぐる大学と社会の対話が求められているのである。
注(1)この調査は、科学研究費補助金によるものである(課題研究番号:15K04346)。2つの調査対象地域は、2015年3月の高校卒業者の大学進学率・高校卒業後の就職率等を勘案して選定した。一般市民は、住民基本台帳により層化二段階方式による抽出、高校・市町村長は2地域の悉皆である。大学学長の調査では「貴学の学費や奨学金等の在り方ではなく、日本の大学のあり方としてご想定ください」と一文を入れ、大学一般に対してどのように考えるかというかたちで尋ねた。これらの調査結果の概要は、千葉大学国際教養学部白川優治研究室のウェブサイトで公開している。